第1回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成30年5月17日

欧州情勢と今後のEU




神戸大学大学院国際文化学研究科教授
坂井 一成 氏

講演要旨
     急増している移民・難民、イギリスの離脱決定、加盟各国で台頭するポピュリズムなど、近年、内外の様々な課題の深刻化に直面しているEUであるが、ここではその政治的戦略について検討する。
 
   



                   EUを取り巻く危機

1.ユーロ危機
 (1)ギリシャの財政危機
 ・2008年リーマンショック後世界経済が混乱→ユーロ圏は大丈夫?→自己点検→その過程で見えてきたのがギリシャの財政危機
 ・2009年10月政権交代:財政赤字が公表値より大きい事が判明(GDPの5%→13%)〜水準はその国の財政赤字のGDPの3%以内→GDP13%に
 ・ギリシャに財政破綻が起これば他のEUのユーロを使用している国に影響
 ・2009年秋ユーロ圏の経済を直撃〜ユーロ圏だけでなくユーロを使ってないイギリスや他の国にもユーロ加盟国として運命共同体とみられる→経済金融を発端にさまざまな打撃を受ける
 (2) 南欧諸国への波及
 ・ギリシャを発端にイタリア、スペインにも財政危機が起こるのでは?(広くユーロ圏に広まる)→ユーロ各国のソブリン債(国債に類する)の信用が下がる→これがユーロ危機
 ・欧州安定メカニズムという仕組みを作り危機に陥った国を助ける→ユーロ圏の安定が保たれる
 (3)「グローバル化」と「地域ブロック化」の2つの顔
 ・EUの性格:@自由競争を促す仕組み←→A保護の仕組み〜移動の自由や経済活動の交流等の旗振り役としての顔とEUの中で危機に陥った国や地域をEUとして守っていく(地域ブロック化)保護主義的な顔→相反する顔 
  ・・・・・@自由競争を促す仕組みは弱者を切り捨てる性格〜世界経済全体を見ても二面性は持っている→取り分けEUは際立っている
  ⇒EU内の「南北問題」〜EU内で南(貧しい国)北(ゆたかな国)の経済格差
  ⇒地中海地域の安定化への目差し〜深刻な問題の宝庫
    ・欧州安定メカニズム(ESM)(2012年10月発足)→ギリシャを救う
    ・むしろ政治面での安定化が志向される

2.BREXIT
 2016年6月23日のイギリス国民投票でEU離脱決定〜2019年3月脱退決定
 (1)”LOSE-LOSE”なシナリオ(?)〜イギリスにとってもEUにとっても両方が敗者
 ・イギリス:単独市場へ(EUとの間に関税復活)〜イギリスの商品は関税なしにヨーロッパ大陸で売られる→大きなメリット→EUを脱退すると関税が復活→単独市場に
 ・EU:政治、安保、経済の大国を失う〜EUにとってみれば経済的に大きな打撃だが、実は政治面、安全保障面にこそ影響が大
 (2)安全保障、経済
 ・国連安全保障理事会常任国(P5)であるイギリス〜他の国にない大きな安全保障の特権→信頼感が大きく損なわれるリスクがある
 ・GDP世界第5位のイギリス〜イギリスはEC・欧州共同体に加盟→財政負担に対する見返りがない→社会保障に関するお金も出さない、口も出さない、邪魔もしない立場をとる→分担金の返還を求める→EUが分担金の50%ルール→財政負担を軽減(EUのメンバーとして残る)→残るメリットがない→不満が蓄積→そこに新しく現れたのが移民難民の問題
 (3)移民難民問題
 「移民難民が大量にイギリスへ」「イギリス人が職を奪われる」「イギリスの治安が悪化する」→必ずしも真実ではないが、EUへの不満が煽られた〜EU加盟国であるから移民を受入なければならない→EUへの不満が高まっていく→UKIP(イギリス独立党)が出てきてEUに留まるべきでないと主張する政党が台頭→いくつかの要素が絡んでEUから脱退すべしとの声が高まる→結果、国民の声に応える形を取らざるを得ない→国民投票へ(脱退すると言っていた人も投票になると残留を選ぶだろう?→投票の結果イギリス国民が残留を選べば大手を振ってEU のメンバーでありつづけられると考えた)→結果、思惑通りの投票にならなかった
 (4)逆説的なEU政治統合前進〜イギリスが脱退することによりEU統合が前進するとの見方もともとユーロを使っていない、人の自由移動(シェンゲン圏)にも入っていない、社会保障などでイギリスは例外を手に入れてきた→他のEUメンバーからすれば良いとこ取り→イギリスが脱退することで例外を求めてきた国がなくなる→例外の解消に繋がる

3.移民難民問
 (1)アラブの春(2010.02以降)が発端→リビア内戦、シリア内戦
 ・青年の焼身自殺→YouTubeを通じてチュニジア全土に広まり反政府運動が一気に加速→ベン・アリ大統領亡命(23年間続いた政権が崩壊)→急速に変革→他の北アフリカに波及→アルジェリア、エジプト、リビア、シリア→エジプトの大規模な反政府デモが発生→ムバラク政権の崩壊→リビアのカダフィ政権の崩壊→独裁的な体制が潰されて民主化が進む(そこまでいかなくても議会に実権を与える民主化的な政治改革が導入された)→急激な変化に付いていけない国民がそこでの生活の場を失い逃げざるを得なくなる→難民化せざるを得ない→とりわけ、リビア、シリアが深刻な内戦に陥る→普通の生活は極めて困難→命のためにそこから逃げざるを得なくなる
 (2)2015年には100万人以上がEUへ
 ・地中海・ルート(北アフリカからの難民)〜イタリアが入口
 ・西バルカン・ルート(シリアからの難民)〜ギリシャが入口
 (3)イタリア、ギリシャに集中→割当制の提案と挫折
 ・難民が上陸した国が難民に適しているか申請のチェック→ルールを厳格に適用していくとイタリアかギリシャが面倒を見ることになる→受け付けると申請が終わるまでその人の住居、食料の保証→イタリアの南の小さなランぺドゥーサ島(人口5千人)に何万人何十万人が!→柔軟な対応が出来なくなる→イタリア、ギリシャで面倒を見ることは無理→経済規模によってEUが加盟国で分担する対策(割当制)を提案
 ・EU加盟国で受入負担の分担案→東欧諸国の頑固な拒否→フランス、ドイツは積極的に受け入れ(もともと受け入れの素地があった) →東ヨーロッパの国々は1989年まで共産主義(自国民が移動することすら難しい→移民難民の受入経験がない)→外国人が入ってきて生活をすることは相当難しかった時代→ドイツやフランスに比べれば移民難民を受け付ける経験値がゼロに近い→東ヨーロッパの国々はEU加盟国に期待したのは経済メリット→潤っていった→新しい社会保障が難民のために使われるとの反発が高まる→国民の不満に応える政策が必要→移民難民が入ってこないで今の生活を維持したい声が高まる→その声だけに耳を傾ける政治家が台頭
 (4)トルコとの協力〜トルコはEC加盟申請中
 ・「EUトルコ共同声明」(2016年3月) →ギリシャへの非正規移民をいったんトルコが受け入れ→代わりに同数のトルコに滞留していたシリア難民を、EUが「第三国定住」のかたちで受け入れ→費用はEUが負担、トルコに一人当たりの受入れ報奨金を出す
 (5)シュンゲン圏の保持と安全確保のジレンマ・人の自由移動(シュンゲン圏)を保持するか、安全の名の下にこれを停止するか〜EUの基盤は豊かなエリアとして発展していくこと(人の移動、資源、サービス、商品等がすべて自由)→EUが築きあげてきた成果が崩壊していく→ジレンマ

4.テロ
 (1)2001年「9.11」アメリカ同時多発テロ
 犯人の中にドイツで教育を受けた人物もいた〜ドイツの教育は何だったのか?→大きな衝撃を受ける
 (2)マドリード列車爆破(2004.03)とロンドン同時多発テロ(2005.07)〜犯人はイスラム教徒
   《アラブの春2010.12→リビア内戦、シリア内戦へ》
 (3)各地でテロ事件:パリ(2015.01、2015.11)、ブリュッセル(2016.03)、ニース(2016.07)
  マンチェスター(2017.05)、バルセロナ(2017.08)、・・・・・・・
 →全部ではないが、ISとの関わりのある事件は多い(テロ=IS=イスラム過激派ではないかという発想の台頭)→EUとしては治安対策は最悪事態を考えて動く→テロとISさらには難民問題と結びつけるような対策を取る

5.ポピュリズムの台頭〜ヨーロッパが抱えている深刻な問題
 本来は「市民に近い」意の“POPULISM”だった→ネガティブな「大衆迎合主義」へ中期的、長期的な展望はなく今日・明日のことしか考えない目線で利益を考える→そのような政治をする人に人気が集中→人気集めと言う意味でポピュラー(人気がある)という言葉が使われているのが現状
 (1)政治の中道化が背景
 ・左右軸の変化
 安保軸:国際協調路線 VS 対抗路線 / 経済軸:リベラル(経済交流) VS 保護主義(排除) →全体的に中道に収斂→政治に対する幻滅→新たな対立軸の創出(極右の台頭)
 ・極右の台頭(たとえばフランス)→反体制・反エリート、移民排斥、EUへの懐疑→中道 VS 極端
 (2)難民危機を背景
 2015年以降の難民問題の深刻化/割当制への反発
 (3)EUへの幻滅
 東欧諸国で加盟当初の期待値は得られない
 (4)対処法のテストケースとしてのフランス・マクロン政権(中道を標榜)
 左派だった→大統領に当選する→議会選挙で彼の主導する政治運動が圧勝→首相指名に保守のフィリップ氏→マクロン自身右でも左でもない政治をすることを標榜して勝ち上がって行った→左の自分が右の人と手を組んで右でも左でもない政権を作った→対抗軸は極右の国民戦線→極端を排除し、旧来の左右の「良いとこ取り」ができるか→中途半端に終わらないか懸念の声が高まる→マクロンの動向に注目

                     今後のEU

1.域内の結束
 (1)ポピュリズムの行方(課題)
 ・移民難民問題とも関係〜ポピュリズムが台頭してくると各加盟国の中で保護主義的な動きが高まる→EU加盟国全体の協力関係が壊されてしまう→ポピュリズムが高まりすぎないよう抑えることが出来るかがカギ

2.対外関係
 (1)地中海の安定とトルコの扱い
 ・シリア内戦/トルコの権威主義化〜トルコとの良い関係をどう維持するか
 (2)対米、対ロシア
 ・対米:パリ協定(温暖化ガスの規制)/イラン核合意
 ・対ロシア:エネルギー依存/クリミア併合問題→EUとしての対応には矛盾も   (3)日本とのEPA(経済連携協定)/SPA(戦略パートナーシップ協定)
 ・地域間主義(INTERREGIONALISM)におけるアジアのハブとしての日本→日EU関係が強化される→イギリスが抜けた穴を埋める意味合いもある→日本を中心にして広く東アジア、アジア太平洋地域との関係を強化するとの目で日本を見る(地域間主義)→アジアのハブとして日本を見る→中国、韓国、北朝鮮、東南アジアといった国・地域との関係のゲートウエイとして日本を捉える→これに日本はどう応えるか

                                             以上




平成30年5月 講演の舞台活花



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