第7回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成27年12月17日

国際教育 将来の日本を支えるリーダーを育てる
〜国際バカロレアが日本の教育を変える〜




学校法人 立命館 一貫教育部 副部長
東谷 保裕 氏


  

講演要旨

日本の若者は内向きと言われ、海外に留学する学生は減少の一途をたどっている。
このような現状を打破し、国際的に活躍できる日本の将来のリーダーを輩出できるプログラム(国際バカロレア)についてお話しします。

 

学校法人立命館一貫教育部の東谷保裕です。私は千代田で生活し、富田林高校で高校生活を過ごしました。久しぶりに地元に帰って、皆様の前でお話しすることを喜んでいます。

1.略歴
 大学卒業後、大阪府立高校の教員として頑張ってまいりました。最初の赴任校は今はなくなりましたが、富田林高校千早赤坂分校です。1クラスでしたが、温かな学校でした。
 山間部にある学校でしたので、家庭訪問で夜遅くなり、帰り道に車を山道に落としてしまい、一晩車中で過ごし、翌朝村の人に手伝ってもらって車を上げていただいたという苦い経験もありました。
 その後11年間母校の富田林高校勤務、大阪府教育員会で2年間英語教育指導主事として英語教育の改革に取組んで参りました。その後、府立長野高校で6年間ここでも英語教育の改革に取組み、縁あって学校法人立命館でお世話になることになりました。
 私が長野高校でどんな英語教育を実践していたのか、ビデオがありますので、ご覧ください。

2.長野高校時代(SELHi指定校)
平成18年3月文部科学省主催「『英語が使える日本人』の育成のためのフォーラム2006」における公開模擬授業ビデオ
 横浜の1,000人以上入る大きな会場の舞台で、模擬授業を行いました。主催者の文科省から「前日にリハーサルをやり、段取りをきちっとするよう」再三言われましたが、私は一切リハーサルはやりませんでした。模擬授業当日の朝、生徒たちはトランプ遊びをしており、さすがに「大丈夫か?」と言いました。すると生徒たちは「先生に恥はかかせません。頑張りますから見ていてください」と言いました。この映像が1,000人の観客の前でリハーサルなしでの生の授業風景です。長野高校国際教科の生徒が中心になって、全て英語で進めています。全体のテーマは「愛情」です。
 ビデオ場面@…「夫婦愛」がテーマで、奥さんが外に働きに出たいと言った時の夫婦間の会話です。夫役の生徒が「お前はきれいだから、外に行くと新しいボーイフレンドが出来るんじゃないか?」と心配し、会場の笑いを誘っています。
 ビデオ場面A…女子生徒が阪神タイガースのユニフォームを着て、この横浜の会場で阪神タイガースの宣伝をしています。なかなか勇気のいるものです。
 ビデオ場面B…「ほっとかれへんキャンペーン」=女生徒発表
 皆が「ほっとかれへん」と言う気持ちを持ったら世界が平和になると言うことをコント仕立てでやりました。「道端でしんどがっている人に、どう対応するべきか」いう設定です。@見捨てて行った。A「ほっとかれへん」と声をかけ助けた。
 このように舞台で、英語やるのは大変なことですが、長野高校の生徒はよく頑張ってくれました。特に「ほっとかれへんキャンペーン」の英語でのコントは高い評価を受けました。このメンバーの内5人が現在、英語の教員として頑張っています。現在の英語教育は皆様方が受けられた教育とかなり変わってきています。

3.なぜ今、グローバル化なのか
 グローバル化を進める提言が沢山出てきて政府も積極的に進めています。これは10年前と大きく違っています。
 なぜグローバル人材か?
 @職場のグローバル化…、出生率の低下による労働力不足を外国人社員で補う
 出生率はこの20〜30年で半分。外国人社員は5年で4倍に増加。社員1,000人以上の大企業では7割が外国人を採用している。そんな時代になっています。
 A国内消費の減少…日本の人口が8,000万人になると言われています。一方中国、インド等海外市場が膨れている。海外拠点進出対応のためにグローバル人材が必要となる。楽天、ホンダが社内公用語を英語とし社員が、英語試験を受けなければいけないそんな時代になっています。立命館でも先日、職員がTOEICの試験を受けてきました。
 B日本人学生の海外留学の減少…内向き傾向になり、日本人学生の海外留学が2001年から減少を辿っており、ピーク時の半分まで減少している。英語力が伸び悩んでいる。
 中国、韓国学生の海外留学が目立ちます。よく海外に出かけますが「日本の留学生が少ない日本は大丈夫か?」とよく聞かれます。

4.求められるグローバル人材とは
 グローバル人材にどういう力が求められるのか?
 @語学力…英語力は勿論、コミュニケーション能力、話すことともに、聞く力、読み取る力が大事と言われています。
 A協調性、柔軟性…人間関係を作る力。自分のことしかできない人、他人のことを理解できない人は国際社会ではダメだと最近、特によく言われています。
 B異文化に対する理解…日本人としてのアイデンティティーを含めて持たなければいけないと言われています。
 グローバル人材育成のために、政府として何をしようとしているのか?
 @スーパーグローバルハイスクール認定
  大阪府立三国ヶ丘高校、北野高校、立命館宇治高校も認定されました。
 A国際バカロレア(IBと呼ばれている)を2018年までに200校目標
 B大学入試の改革

  センター試験を廃止し、新たな試験形態を取り入れる。
 このようにグローバル化を進めるさまざまな施策が打たれています。

5.グローバル人材育成の鍵「国際バカロレア」とは
 私が勤務していた立命館宇治高校は2009年に関西初のIB校として認定され、今年4回目の卒業生を出したところです。
 IB(国際バカロレア)は1968年設立、本部はジュネーブにあります。世界を異動している外交官の子息が大学受験の際、国によって試験制度が違い不自由していたので、国際的な入学資格を作ろうとしたのが、発足の理由です。
 現在、国際バカロレアには4つのプログラムがあります。その中の高校生を対象にしたDP(Diploma Program=ディプロマ資格プログラム)を200校作ろうというのが文科省の施策です。IBの働きは世界共通カリキュラム作成、年2回の世界試験問題作成と実施です。
 日本は2018年に200校を目指していますが、現状公立高12校、インターナショナル高23校、合計35校しかありません。中国、インドは100校を超え、世界では4,300校あります。日本で今後増えていくのか、正直、不安です。
 多くの日本の国公立大学から「IB授業を受けた生徒を取りたいので、話を聞かせて欲しい」と要請がありよく出かけます。熊本大学では、全教員が集まり話ました。IBについて説明した多くの大学がIBの生徒をとる試験制度を検討しているか、若しくは既に実施しています。医学部でもIB生徒を入れる制度に変わってきていますし、京都大学でもIB入試を検討しています。
 立命館宇治高校のIB生徒数は1年目7人でした。IBとは何かわからず、単に英語の勉強が出来ると勘違いして入学した生徒もいました。その後の広報活動で理解され、今年は31名が入学してきました。
 今年の3年生に公立中学から入学してきた生徒がいます。当初の英語力は英検2級程度でしたが、学校での授業は全て英語ですので、1年生時は英語の難しさに良く泣いていました。やめるのではと心配しましたがよく頑張り、米国の大学入学が決まりました。英語力は勿論、人間的な力もつきました。このように学力だけでなく、人間としても成長できるのがバカロレア教育です。
 教員ですが、全て英語の授業なので、日本人教員が少ない。採用面接はSkype等で行い、米国6人、カナダ4人、オーストラリア、フィリィピン、イギリス等様々な国籍の方が立命館宇治高交でIB教育を行っています。日本人のIB教育者養成課程が筑波大学等で検討されています。
 高校1年3学期からDPプログラムが始まり、3年生の2学期まで2年間行うのが、IBのシステムです。
 IBには育てるべき目標、学習者像が10項目あります。 @探求する人A知識ある人B考える人Cコミュニケーションのできる人D信念のある人E心を開く人F挑戦する人G思いやりのある人、他者に対して優しい人Hバランスのとれた人I振り返りができる人
 以上10項目を目指して生徒を育てています。IBが単に知識の詰込だけではなく、人として成長していくことを目標にしている。これが全人教育と言われる所以です。
 IBの教科は普通の高校とは大分違います。6群@文学系A言語B理系C文社系D数学E芸術系から一つずつ計6科目選びます。
 授業時間はHL=Higher Level 年240時間、SL=Standard Levelで150時間。毎日7時間授業し、8時間目は補講があります。生徒は夜中1時2時まで勉強しています。それくらいしないとDPの単位は取れません。
 厳しいプログラムで、しかも授業は全て英語です。英語力に加え学力が問われるカリキュラムです。
 特徴的な科目
 @Essay
があります。大学の卒論に近いもので、自分でテーマを選び英語で書きます。先生はただ見守るだけで、手助けできません。ある生徒が「川の中の微生物」をテーマに選び、校内に専門の先生がいなかったので、同志社の先生に聞きに行き、親切に教えてもらったという逸話もありました。これを書かないとDPの単位はとれません。
 ATheory of Knowledge(TKO=知識の理論)、答えのないものに答えを求めていく力が今、求められています。そんな力をつける科目がTKOで哲学に近いものです。最近、学校で哲学は重宝されていませんが、ここでは重要視しています。
 BCreativity/Activity/Service(CAS)。C=創造的活動を土日に課外で行うのが Cの活動で、学校が宇治市にありますので、生徒はお茶、茶器作り、ドラマ、ヨガ等を行っています。A=体育的な活動。夜中1時〜2時まで勉強し、フルマラソンの大会に参加する頑張り屋な生徒もいます。IBは普通、クラブ活動と両立はできませんが、アメリカンフットボール部、テニス部で頑張っている生徒もいます。このように体育的なところも鍛えています。S=奉仕活動。単に勉強できるだけでなく、奉仕活動もできる心を養うのもIB教育の目標です。清掃活動や、NPO法人作って頑張っている生徒もいます。CASを150時間し、報告書を出さなければDPがとれない制度になっています。生徒の勉強の仕方も我々が受けた教育をかなり違います。我々が受けた授業は大教室で先生が一方的に講義し、生徒はノートをとる。それが一般的でした。今は双方向の授業、先生が講義だけでなく、生徒も発言し、ディスカッション、プレゼンテ―ションを中心に授業を進める形になってきています。
 IBが進めている授業も同様のものです。生徒は家で20〜30ページの課題文を読み、それをもとに教室でテーマに沿って、生徒主導でディスカッションを行います。先生はディスカッションが間違った方向に行かないように舵取りを行う、ファシリテーターの役割を担います。これがIBが行っていることです。
 つぎは11月に実施される最終試験の歴史の問題例です。@「アフリカ又はアジアで21世紀に誕生した国家を1つ選び、その主要な国内問題と、それがどの程度解決されたかを論ぜよ」A「経済社会問題への対応について、2つの多党制国家の政策を比較対照して論ぜよ」。生徒はこれを2時間かけて英語で書きます。日本語で書くのも大変だと思います。こういう問題が解けるよう、授業を進めていきます。従って幅広い知識よりも深い知識が身についていなければ答えることはできません。これは国公立の二次試験と同等かそれ以上の高いレベルのものです。
 生徒の解答は世界各地に約5000人いるといわれる試験官のもとに送られ採点されます。同じ学校の生徒の採点をすることはありません。採点後、平均点を出し、本部に報告します。平均点が他と乖離していると、採点者は資格を失うという、厳しい制度のもとで成り立っています。試験は全て記述式で選択式ありません。IBのDPをとるのはかなり厳しい関門です。立命館宇治高はDPを90%〜100%の高い率でとっています。世界平均は80%です。
 世界の大学がIB資格を国際的な資格と認め、資格を持っている生徒の合格率が一般生徒より大学によっては40%高く、海外に出て行く際に有利になっています。日本の進学校もIBの制度導入を考えています。卒業生で進学先 国内大学と海外大学と半々です。これは金銭的な問題が大きくあります。米国の大学に行くのには600万〜700万円かかると言われ、おいそれといけるものではありません。それでも海外を目指す生徒がたくさんいます。
 立命館宇治高校で念願かなって、世界ランク8位の大学に入学出来た生徒もいます。世界ランク34位の大学にいままで10名合格しています。学習環境がよく、いい先生が揃っている、世界に飛び出せる、これがIBの魅力の一つと思います。試験を受けるのにわざわざ大学まで出向かなくても、シンガポール等世界各地で試験を受けることが出来ますし、いい生徒をとりたいと大学側が日本まで来るケースもあります。
 公立中学校から英検2級をもって、立命館宇治高に入学し、エジンバラ大学を合格した生徒がいます。IBでは英検1級か準1級の力が求められ、非常に苦労していました。我々は励まし、見守ることしかできません。2年生になり、英語の壁を超えることが出来、笑顔も出てきました。その生徒が言った「先生、人間のキャパシティーって大きくなるんですね」と言った言葉が忘れられません。彼は今、英国の大学に進学し環境学を学び、頑張っています。
 IB教育を通して得られるもの@海外大学へのアドバンテージAコミュニケース力・語学力B異文化に対する理解と思考の柔軟性C批評的・批判的思考DクリエイティブシンキングE分析的思考力Fプレゼンテーション力G主体性・リーダーシップが身につきます。一番大きいと思うのは、達成感です。夜中1時、2時まで勉強し、土日にCASで課外活動をし、最終試験等2年間全てやり遂げた達成感は大きいと思います。TV・日経新聞等の取材で「こういう日本の将来を支える生徒を今すぐ欲しい」とよく言われます。しかし問題もあります。@こういう生徒を育てる先生がおいそれといない。採用に費用もかかります。AIBの探求型の授業を受けた生徒が日本式の授業が面白くなく敬遠する。日本の大学の授業も探求型に変わっていく必要があります。IB生徒が幅広い知識が必要なセンター試験を受けても点数が取れない。今後IB入試等制度の整備が必要で、文科省もこの点は理解しています。B英語の力を伸ばす授業が日本ではまだまだできない。日本の教育も変わっていかなければなりません。ここでおさらいの意味でビデオを見て頂きます。(立命館宇治高交のIBDP教育取組み・授業風景ビデオ視聴)

 私も立命館に来るまでIBのことは全く知らず、英語教員としてできることに限界がありました。IB教育を全員が受けなくても進路の選択肢一つとして、教員も学校も政府もチャンスを与えることが大事だと今、率直に思います。
 海外に行くのに200〜300万の高額な費用が掛かります。「これは一部の生徒のためのものではないか」との意見もあります。現在、奨学金も含め整備中しています。
 ある生徒が米国と大阪大学の二つ合格しました。本人は獣医希望で、米国の大学に行きたいが家庭の状況を考え「大阪大学へ行く」と相談に来ました。その後、お母さんも「どうしたらいいか?」と相談に来られましたが、最終的には子どもの希望を叶えたいと色んな所でお金を工面されました。幸いこの生徒に合計8割の奨学金がつき、お母さんの集めたお金と合わせ、米国へ進学が出来ました。
 今、日本政府や各種団体がIBを目指す学生に奨学金をつける動きをしています。日本で、IB校は5年後に50校になると思います。IBをご理解頂き、選択肢の一つとして見守って頂ければと思います。日本のグローバルリーダーを育てるのは待ったなしです。日本が世界に取り残されないために海外に出て行くマインドを持った生徒を育てることが大事です。その選択肢の一つにIB教育があると思います。立命館宇治高でもグローバルリーダーを育てるさまざまな取り組みを行っています。そのビデオを見てください。(ビデオ視聴)

6.まとめ
 立命館に限らず、色んな大学が世界平和・発展に貢献できる人材を育てようとする思いがあります。時代は変わって来ています。実際英語を学ぶことさえできなかった時代もありましたが。今、必要なのは日本を支えていく子ども達を育てること、そしてその選択肢を一つでも多く、渡していくことだと思っています。立命館でも長野高校でも基本的なスタンスは変わっていません。できる幅が広くなってきたかもしれません。皆様方に今日、わかって頂きたいのは、そういう子ども達を一緒に育てていきましょう。そのために情報共有をさせてくださいと言うことです。日本の現況、グローバルな生徒の育成、その教育の重要性、そしてその選択肢としてIB教育があるということをわかって頂ければ幸いです。




平成27年12月 講演の舞台活花



活花は季節に合わせて舞台を飾っています。


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