第8回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成27年1月15日

笑いは百薬の長




関西大学健康学部教授 日本笑い学会会長
森下 伸也 氏

  

講演要旨

笑いとユーモアを病気の治療や予防、また健康増進にいかす試みを「ユーモア療法」といいます。 この楽しい医学の歴史、いまどんなことが行なわれているか、どんな病気にどう効くか、など詳しくお話しいたします。
 

 1 はじめに笑う練習をしましょう
 みなさん、こんにちは。関西大学の森下と申します。「日本笑い学会」会長をやっておりまして、「笑いは百薬の長」をテーマに笑いは健康にいいですよ、といった話をさせてもらおうと思います。健康にいいのだから沢山笑おうという結論になりますが、年をとると可笑しいとか面白いと思っても段々笑えなくなるんです。体が多分硬くなるからですね。ですから最初に笑う練習をしようと思います。ちょっと余興がてらにやってみましょう。
 二つネタを用意しました。一つは笑う体づくり。もう一つは笑うための頭づくりです。まずは体づくりですが、ハッハッハというのには専門用語がありまして呼気の断続といいます。呼気は吐き出す息のことで、一気に出すとハアー、つまりため息になる。だから連続ではなく、断続的に出す。ハッハッハッと。これは世界共通語でして英語ではHA、HA、HAです。そのままハッハッハとやってもいいんですが、それでは芸がないので日本の古典芸能である能や歌舞伎の中から笑い声をまねして笑ってみましょう。
 まず狂言です。何百年も歴史があって、すごくおおらかで楽しい笑いで、こんなコメディーは世界のどこにもありません。この狂言笑いを最初にまねしてみましょう。狂言の笑いはいろんなパターンがありますが、時間がかからず、体力のいらないコンパクトなものをやります。狂言は呼気の断続ではなく、最初ポーンといって段々短くなる。「ワアーー、ハッハッハ ワアーーハッハッハ」こんな感じですね。皆さんもやるんですよ。空気をいっぱい吸い込んで、腹に力を入れながら「ワアーー」と大きな声を出す。準備いいですか。せ〜ので「ワアーー、ハッハッハハハ」「ワアーー、ハッハッハハハ」。大変いいですな。これ大学生はやりません。羞恥心があるみたい。年とると羞恥心がなくなるんですな(笑い)。冗談はともかく、空気をいっぱい吸い込むと新陳代謝が盛んになって体にいい。つまり笑いは体にいいことがわかりますよね。
 もう一つは人形浄瑠璃、文楽笑いです。大阪の特産物で、これも人形劇です。一対の人形に操り手が3人つく。さらに別にしゃべくりをする太夫さんに、楽隊もつく。とても豪華な人形劇ですな。この人形浄瑠璃は大体泣かせる芸能で、泣かせるために筋を作ってある。何がなんでも泣かせようみたいなお芝居ですが、笑う場面もけっこう多いんですね。文楽では、笑い三年、泣き三月といって、つまり笑う方が泣くよりも12倍難しいというわけですが、例えば、「笑い薬の談」という演目では、悪役が笑い薬を飲まされて20分間笑い続けます。とても3年ではマスターできないと思いますが、どんな笑いか典型的なのを一つまねしてみましょう。狂言笑いとは逆で、最初は短く、最後にパアーッと爆発する笑いです。太夫さんが「ウッウッウッ、ハッハッハ、ワアアーワアアー」と最後にのけぞりながら狂ったように笑います。横で見てるとなにやら怪しい宗教みたいなもんですな。でも笑うためには空気をいっぱい取り込んで、その空気を吐き出さなくてはできません。そのためには体がリラックス状態じゃないとダメ。リラクゼーションと思って時々笑う練習をされるとよろしいかと思います。

2 川柳で頭の体操
 次は笑える頭づくり、頭の体操です。お手元のレジメに虫食いの川柳を用意しました。虫食いの部分に適当な言葉を入れて川柳を完成させますが、もともと川柳は俳句を捩ったもので、まあユーモア俳句みたいなものです。やってみましょう。問題のカッコの中に4とか5とか書いてあるのは文字の数ではなくて声の数です。これは5 7 5にするための数です。ヒントを言いましょう。1から4まではリストラネタ、5から8はダイエットネタ、9と10は医療ネタです。この問題は私が作ったのではなくて、サラリーマン川柳という本の超優秀作品からの抜粋です。こういうのをやると反応が3つあります。一つは問題を読む前に答えをいう人。二つめは答えを聞いて、なるほどよくできているなと笑う人。反応3は答えを聞いても解らない人がいるんですね。今日はどうかな(笑い)。

では@番です。「少数になって( 4 )だけが欠け」。
わかりますか? 答えは「精鋭」です。ものすごく皮肉が効いています。リストラしないといけないような先のない会社では精鋭はとっくに辞めていて残っているのはボンクラばっかし。ありがちなことですよね。
次A番。「人減って給料減って( 5 )」。
これはわりと簡単かな。答えは「仕事増え」です。
B番目は、「子は耳に親は帳簿に( 5 )」です。
お、会場から正解が出ました。「穴を開け」が正解です。子が耳に穴を開けているのはピアスのことで、女の子ならまだしも男の子だったら、多分その子の代になると家潰れますから大変ですよね。
次C番。「粗大ゴミ朝出したのに( 5 )」。
これも正解出ました。答えは「夜帰る」です。「夜戻る」でもいいです。ダンナ元気で留守がいいのに夜になると「ただいま」と戻ってくる。奥さんはヤレヤレというわけですな。
次ダイエットネタです。「ダイエットいま食べたのは( 5 )」。
ダイエットというのは大抵うまくいかないので人間はいいわけすることになっています。食べたらアカンものを食べているので、いま食べているのは「明日の分」というわけです。
次E番。これ難しいですよ。「ダイエット( 3 )で痩せて( 2 )で肥え」。
ヒントは両方ともカタカナです。答えは「グラム」で痩せて「キロ」で肥えです。ありそうな話ですな。
Fは、「目は一重あごは二重で( 5 )」。 答えは「腹は三重」です。
Gは、「化粧より( 6 )がよく似合い」。
ヒントは国技館、ダジャレです。答えは「化粧まわし」。奥さん、体重140キロ?そんなわけないか(笑い)。
HとIは医療系です。この二つは川柳好きの友人が出した本から拝借した問題です。「入れ歯見て( 6 )とせがむ孫」。
答えは「目も外して」です。歯が外れるだったら目も耳も鼻も外れるんやろ、みたいな話です。
次I番目。「御守りを( 3 )つけたい手術前」。
手術で頑張るのは本人以上にお医者さんです。本人は寝てるしかない。答えは「医者に」です。

3 笑いで膠原病を治したノーマン・カズンズ
 次に笑いは百薬の長ということでユーモア療法の話をします。病気の治療や予防、健康増進に笑いやユーモアがいいというのがわかってきて、ヒューマーセラピーというユーモア療法があります。「日本笑い学会」にはいろんな職業の人がいますが、一番多いのは実は医療業界、お医者さんです。医学部は6年なので、落語研究会に入ると普通の学生より上手くなるはずで、学会に入っているお医者さんは落語が上手い人が多いというわけです。看護師さんや薬剤師さんも多い。なぜかといえば、ユーモア療法が段々盛んになって関心を持つ医療関係者が増えているからでしょうね。
 では、ユーモア療法の歴史を紹介します。1964年に始まりましたので今年で51年。どこでどんな風に始まったのか。ある人が経験した奇跡がきっかけでした。その人の名はノーマン・カズンズ。日本でいうと筑紫哲也みたいなアメリカで一番有名なジャーナリストで、かつ非常に熱心な平和運動家でした。太平洋戦争後の日本にアメリカ軍に従軍して来日、広島や長崎の被災地を見てなんとかしたいと考え、帰国して寄付金を集めて被災した若い女性をアメリカで無料で進んだ医療を受けさせることに貢献した人です。また、1962年のキューバ危機でも大きな功績を挙げています。ケネディ大統領の特使になり、単身ソビエトに乗り込み「冷戦は仕方ないが、核戦争は避けよう」とフルシチョフを説得。冷戦のままで止まったというキーパーソンになった人物でもあります。
 ところが、1964年にソビエトで平和運動を終えての帰りの飛行機で彼の言葉で言えば「体の上をトラックが行ったり来たりしている」激痛に襲われます。診察の結果は膠原病でした。いまでも治し方がわからない、原因不明の難病です。しかも治る確率が500分の1という重症でした。入院してしばらくして彼はハンス・セリエという医者の書いた本のことを思い出します。このセリエ先生はすごく有名な「ストレス」という言葉を作った人です。その本には「ネガティブな感情でいると関節の病になりやすい」と書かれていたのですが、彼はソビエトでいやな目にさんざん遭い、気分は憂鬱。しかも関節が滅茶くちゃ痛い。セリエの本には治し方は書いてなかったので、彼はポジティブな気持ちでいたら治るまではいかなくても激痛が和らぎ、体が楽になるんやないだろうかと考えました。まず彼は病院を引き払うことにしました。私も経験しましたが、病院というところはネガティブな気分になりやすい。まずゴハンがなんとも不思議な味がする。端的に言うとマズイ。量も少ない。施設が無機質で殺風景。女の人はすぐ入院友達ができるけど、男はそれも無理。
 話がそれましたが、彼はホテルに移り、それだけではポジティブな明るい気持ちになれるはずもないので或ることを始めました。笑うことです。500分の1の病気を笑って治す。アホかいなみたいな話ですが、彼はそれにチャレンジしました。友人にお笑い番組をやっているテレビディレクターがいて「何度見ても笑えるシーンをつないだビデオ」を作ってもらい、笑い始めました。
 毎日笑っていると段々痛みが取れてきたというのは面白くないし、取れなかったらこの講演は成り立ちません。そうです。いきなり取れたんです。彼の話によると10分間腹をかかえて笑うと2時間痛みが取れる。10分間笑うとあのトラックが止まる。すごいですよね。痛みがなくなるのでよく眠れる。10分笑って熟睡する。2時間たつと痛みが出てくるのでビデオを見てハッハッハと笑い、また眠る。笑っちゃ寝〜の生活です。徐々に痛みは軽くなり、体の調子もよくなってきた。ところが主治医の先生は信じてくれません。不治の病という難病ですからね。笑ったら痛みが和らいできたなんて医者の沽券にもかかわる。そこで顕微鏡で組織を取ってみることになったのですが、奇跡が起こったのです。人間は60兆の細胞で出来ていて細胞と細胞の間を繋いでいる結合組織が膠原病に罹ると解体してしまい、それが痛みの元になるんですが、顕微鏡の中に結合組織が写っている。先生からすれば「エーッ、ウソー」みたいな感じですわ。カズンズは気分を良くして「もっと笑いまっさ」というわけで、2か月で仕事に復帰。完治するまでには5年かかりましたが、これが1964年のことでユーモア療法元年といわれています。
 その後50年の間にいろんな試みが出てきましたが、極め付きは笑うことを勧めるだけでなく、直に笑わせてやろうという医者も出てきたことです。有名なのはアメリカのパッチ・アダムスという医者で、世界中を飛び回って、笑う医学を広めています。日本にも年に2回ほど来ますが、お薦めしたいのは彼の奮闘ぶりを描いた映画「パッチ・アダムス」。10年ほど前に大ヒットしました。TUTAYAで借りてぜひ見てください。メッチャ笑えます。
 1980年代から増えてきたのが「ホスピタル・クラウン」という笑いのプロ。病院へ出かけて行きお医者さんのような仕事をするので「クリニック・クラウン」とか「クラウン・ドクター」、あるいは癒しのクラウンなので「ケアリング・クラウン」などの呼び方がありますが、現在ではアメリカや欧州の病院はクラウンが常駐していたり、定期的にやって来るのが普通のことになっています。日本はその点では遅れていて後進国。そこで10年前に私も協力して「日本ホスピタルクラウン協会」というNPOを作りました。また、インドでは、ヨガと笑いをドッギングさせた「ラフター・ヨガ」を作ったマダン・カタリアという先生もいます。毎朝、何万か所もの公園で笑いヨガをやっていて、日本にも数年前に上陸。これから目にする機会もあるかもしれません。

4 笑っていると「がん」にならない?

 最後に笑いが体にどういいのか。皆さんが一番関心のある話をしましょう。日本人の死因の1位はがんで死因の約30%を占め、3人に1人はがんで亡くなっています。高齢化が進んでいますが、近い将来死因の50%はがんになるといわれています。
 ところが、笑いががんに効くと言ったら、皆さんは信じますか。その話の前に、日本人はがんを怖がりすぎているんじゃないか、という話をします。例えば、欧州の人は死因としてはがんはわりといい方と考えています。なぜかというと心筋梗塞は発症して5時間以内に手当をしないと死にます。交通事故も同じようなもの。その間何かやり残したことがあっても勿論できません。ところががんは余命があります。その間にやり残したことや、会っておきたい人にも会える。徐々に死が近づいてくるのは怖いというのはあるけれど、時間が残されているからまだマシと欧州の人は考えているようです。ただ名前が悪いですよね。あなたはがんです、といわれるとガーンなんてね。冗談です。
 がんになるメカニズムを説明します。人間の体は60兆の細胞で出来ていますが、細胞の寿命はおよそ2か月で古い細胞が死んで新しい細胞が生まれてくる。つまり2か月前の私と今の私では中身が全部入れ替わっている。変な感じですな。2か月は60日ですから1日に1兆の細胞が死んで生まれるというわけですが、問題は生まれる細胞の中に5千ぐらいの悪い細胞があることです。これががん細胞。今こうしている間にもポコポコ生まれているんですよ。でもすぐにがんになって死ぬわけではありません。体には悪いやつをやっつけてくれる免疫があるからで、その中心になっているのがNK細胞です。Nはナチュラル、体にもともとあるもの。Kはキラー、殺し屋。これはいい殺し屋で、がん細胞を見つけるとパッパッと食ってしまう。そして栄養分にする。だからNK細胞が元気なうちはがんになりにくいのですが、ストレスとかでNK細胞のパワーが落ちるとがん細胞が力をつけ、体をのっとってしまうということになっているらしい。このことと笑いがどういう関係があるか。話の流れでもうお分かりですよね。笑うとこのNK細胞の活力がアップするんです。だから笑っているとがんにならない、とは言いません(笑い)。笑ってもがんになることはあるので、そこは控えめに言うことにしています。
 でも、薬に比べるといいことが3つある。薬は高いけど笑うのはタダ。長い間服用せんとダメなこともある。それと抗がん剤は副作用がある。人にもよりますが、髪の毛が抜け落ちたり、ごはんが食べられなくなったり。笑いはタダ、即効性、副作用なし。いいことずくめです。また、リュウマチにも効きます。血液の中にインターロイキン6という痛み物質があり、リュウマチ患者には普通の人の何倍もある。これが笑うと劇的に減る。だから笑うとリュウマチになりにくい体質なる、かもしれない。ここも控えめに(笑い)。

5 ボケ防止にもなる
 笑うと頭の中に色んな物質が湧いてくることが分かっています。まず脳波の動きが変わる。脳波には癒し系のアルファ波と元気系のベータ波という正反対の働きをする脳波があり、体調が悪いと両方とも元気がないのですが、笑うと元気になる。体、生命のリズムが取り戻せたり、維持できるようになります。また、血流も良くなります。脳は血液が隅々まで行きわたることで物を考えたり感情が生まれるのですが、血流の流れが悪くなると、たとえば何かしようとして2階に上がったら忘れたなんてことが起こってしまう。つまり笑うとボケ防止になるのです。
 シャレを考えるのもいいですよ。大阪人は得意ですよね。初級編を紹介します。明石家さんまは山桜、わかりますか? 山桜はソメイヨシノと違って先に葉が出て後から花が咲く。花(鼻)より先に葉(歯)が出てる、出っ歯という話。吉本の今いくよ、くるよ、2人ともブサイクですが、それをけなし合うのが最大のネタ。「いくよちゃんの顔なんか1円玉や」と。それ以上崩しようがないと言うと「何言うてんの、くるよちゃんこそ夏の火鉢やん」。わかります? 誰〜も近寄らんというオチです。いっぱい笑ってください。ボケ防止になります。
 さらに笑うと頭の中にベータエンドフィという物質が湧いてくることが分かっています。痛みが取れるので脳内モルヒネといわれ、モルヒネよりも何倍も効きめがあります。笑うと痛みが取れるという一つの例ですが、転んで足を打ったとします。するとどうなりますか。子供は泣く。大人は意外に笑います。痛たーハハハ、痛笑いです。なぜか。脳が覚えているんですね。笑うと痛みが取れるということを。こんなのもあります。隣に笑い続けている人がいる。静かにせんかい、でも止まらないんですが、ハッと気がつくと笑いが止まっている。よく見たら息も止まっているんです(笑い)。これを笑い死というのですが、日本笑い学会はこういうのを目指しているんですが(笑い)。
 では、まとめです。膠原病に効く、がんに効く、リュウマチに効く、痛みを取って気分を爽快にしてくれる、生命のリズムを取り戻してくれる、しかも即効性がある、副作用もないというメチャいい薬がある。笑いですよね。これがわかっていただけなかったら私はいままで何をしゃべっていたのかと(笑い)。最後に総まとめ。だから笑いは百薬の長なので、毎日よく笑うことを心掛けて暮らしていると、どんな病気にもなりにくい体質が出来る、かもしれない(笑い)、あやしいところで終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

(注)スペースの都合上、小津安二郎、スティーブ・ジョーンズ、山中伸弥、寺田寅彦等のサイド的エピソードは割愛しております。




平成27年1月 講演の舞台活花



活花は季節に合わせて舞台を飾っています。


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