第1回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成24年5月17日
21世紀エネルギーへの挑戦
〜レーザーと環境・エネルギー〜




大阪大学名誉教授
中井 貞雄 氏


公開講座の受講者が市役所に駐車し、
所要で市役所に来られる車が駐車できなくなっているため、
立ち番をしています。


 


講演に先立ち、橋本新代表からご挨拶

講演要旨

福島の原発事故いらい、地球温暖化への切り札と考えられている原子力が悪者になりました。しかしCO2の排出量削減は待ったなしです。緑の地球と共に生きる我々人類の未来をどのように構築するか真剣に考えるべき時です。
 

1.はじめに
 クリーンエネルギーの開発とエネルギー自給率の向上は、資源のない我が国にとって、最重要課題の一つです。使用するエネルギーの80%以上、石油は99%以上を輸入に頼っています。我が国最大の課題に立ち向かう努力が、人類と地球の健全な未来への道を開くことになります。しかも科学技術の進歩がそれを可能にしているのです。
 東日本大震災とそれに続く東電原発事故以来、我が国の将来のエネルギー戦略と原子力のあり方について、未来への道が見えなくなっています。
 レーザー核融合という新しい核エネルギー利用を目指す私達の研究が、21世紀に、我々に夢を与える方向に進んでいることをお話できたらと思っています。

2.科学技術文明の歴史
 我々は科学技術文明の中に生きています。しかし、科学技術文明はそんなに長い歴史がある訳ではありません。それが未来永劫に続く訳でもない、と言う話をさせて頂き、その中で我々はどういうふうな状況に生きて、どういう事をしなければいけないか、という事です。
 大阪大学を定年後、高知高専に勤務しました。高校生から大学卒業までの年代の学生達と接しておりまして、この年代の若者は成長と共に、何かのきっかけでものすごく変る姿を見ました。
 その後、浜松で光産業創成生大学院大学を作りました。光技術で新しい産業を起すという大学です。これからの時代は光だということです。新しい時代がこれまでの科学技術の延長線上ではなく、全く新しい形になる。それを探求することを目的としてやってきました。
 人類の文明は行き詰まっているのではなく、光輝いているという事です。21世紀は光の時代といいますが、単に光やレーザー光線を使うという意味ではなく、時代が輝いているということです。

3.文明への離陸
 西暦1600年ぐらいまでは、社会全体の富が一定ですから、人口が減ると一人当たりの分け前(GDP)が増え、人口が増えると貧しくなるという状況でした。1700年代に入り、蒸気機関が炭鉱や工場動力として使われるようになって、一人当たりGDPが増えると共に、人口も増加するという人類発展の軌道に入りました。これが文明への離陸と言えます。
 一人当たりの分け前も大きい、しかも人口が増える、世の中の富が全体として増大していく訳です。これが「マルサスの罠」からの脱出と言っておりますが、それが顕著にあらわれるのは1800年代に入ってからです。我々は科学技術の世の中と言いますが、たかだか200〜300年程の底の浅い話です。

4.科学技術文明の発展
 その後、科学技術文明はどう発展したかと言いますと、19世紀は蒸気の時代、20世紀は電気の時代と言われます。21世紀は何が来るか、これから我々が迎える時代です。
 18世紀中ごろ、ワットが効率の良い蒸気機関を発明しました。産業上の意味は大きいと言えます。工場動力、蒸気船、蒸気機関車を出現させて19世紀の産業革命を迎えました。その後、内燃機関ができ、自動車ができ、飛行機ができ、その改良が現在も続いています。
 20世紀は電気の時代と言いますが、電気の時代の先駆けは、その前の世紀に電気に関する科学技術上の発明発見があり、それらの蓄積の上で産業革命を引き継いで電気の時代になりました。
 電力事業、電信電話事業、コンピューター・コミュニケーションが今まさに社会の基盤であります。東日本大震災以後その電気が不足する事態になっています。
 21世紀はこの延長上にあるかと言えば、そうではなく、光が大きな役割を果たすものと予想して、21世紀は光の時代と言っています。昔から太陽光により人類は成長してきましたが、工学的に使う光が出来たのがレーザー光です。これは従来の光とは全く違う原理で出来た光です。直接光で化学反応をコントロールすることができる、核反応を制御することができる様になりました。電気ではできないことが出来るようになりました。では、この光で何が出来るか、どんな社会が出来るか、誰も想像できません。かつてマルコーニが無線通信で大西洋を渡った時代に今日の様な情報化社会を誰が想像できたでしょうか。

5.21世紀は光の時代
 21世紀は光の時代といいますが、光・レーザー技術のエネルギー利用があらゆる分野で進んでいます。パワーホトニクス(パワー半導体レーザー・ファイバーレーザー技術)を基盤とする新産業の創成です。
レーザー医療・健康の分野
日本は少子高齢化が世界で最も速く進んでいます。長寿とは健康で長生きということであります。これは、社会システムの安定・発達した科学技術の非常に大きな成果の一つであり、日本が世界最高の長寿国であるというのは世界に誇るべきことだと思います。 それに医療費が多く掛かり財政が持たないというのは頭を使わない話でありまして、工夫すれば年寄りだから医療費が掛かるという様なことはあり得ないというふうに出来るのが科学技術ではないかと思います。
人間の頭はものすごく複雑な働きをしている一つの小宇宙
人間がこの世に生れたときは、脳細胞はあるが脳機能はない。その脳細胞にいろいろな情報を入れて、伝達機能をつくり、頭の中に情報処理・判断機能をつくる。これは出てきた子供に対して我々がそれを与える義務があります。白紙の脳細胞に脳機能ができていき、価値観ができるのです。ということで教育をつかさどる文部科学省は社会的に極めて大事なことをやる役所であると申せます。
 人間の身体全体が脳と結合していて、その統合的働きについて我々は知らないことが多く、人間の生命活動は摩訶不思議であります。人間の身体を外から光で測って、これをインターネットで送り診断をする。病変があれば返信して、即座に対応するようなことになれば、治療費を下げることができる。長生きをしたから国の財政がもたない等とは言わさない、このようなことが光技術で出来るようになります。
急速に進むレーザー農業・バイオ分野
製造技術の分野では、自動車・飛行機・半導体・重工等に光レーザー技術が応用されています。光電変換(光を電気に変える技術)でも高性能、大規模太陽電池で原子力の不足を補う話もあります。LED照明にすると効率が良いとか省エネディスプレイが可能になります。
土木建築分野では原子炉の除染・解体
宇宙応用の分野ではデブリ除去(寿命の来た人工衛星など宇宙のゴミ処理)をするためにレーザー光で処理する。その他あらゆる産業分野に、光技術・レーザー技術が浸透しつつあります。

6.21世紀のエネルギー戦略
 エネルギーの分野について述べます。世界の人口と一人当たりのエネルギー消費量の掛け算としての総消費量がどこまで増えるか問題です。国連の興味ある資料の中に、人口増加率と一人当たりエネルギーの消費量の関係を見ると、一人当たりエネルギー消費量が増えると人口増加率が下がる傾向があります。日本では既に人口増加率ゼロとなっていて、欧米も同様です。人口がどこまで増えて安定するか、国連の推計では、2,100年には世界の人口増加率がゼロとなる。その時に世界中の人口がいくらで、エネルギーの消費量がいくらか、これが大事なことで、そのエネルギーを何で賄うかということです。
長期エネルギー供給見通し
エネルギー利用効率を出来る限り上げて、それでも必要なエネルギーをどのようなエネルギー源で賄うか、が課題です。化石燃料は限界がありますから減らす。バイオマスは太陽エネルギーを植物合成で固定化したものですからこれは増やす。水力(水の落差による)は殆んど横ばい。風力は増やす。太陽光エネルギーは増やす。これ等太陽起源のエネルギーは自然環境を破壊しないので増やすのは自明の事であります。核エネルギーはどうするか、徹底的に議論をして決めればよいことです。
 我が国および人類のエネルギー戦略に関する議論をまとめると以下の三つに集約されます。 @ 省エネ・省資源技術の開発(エネルギー効率の科学的技術的手法による向上) A 自然エネルギーの最大限の活用(エネルギー地産地消、自然との共生) B 新世代核エネルギー技術の開発(安全・クリーンは原子力、レーザー核融合)
 
化石燃料は数億年をかけて太陽エネルギーを光合成でバイオマスにして、それが地中で 炭化して、石油なり、石炭になったものですから、この可採埋蔵量が数100年程度あるとしても、人類の長い歴史から見たら単純に喜んでいる場合ではありません。 数億年かかって貯めた化石燃料を100年単位で燃やすわけですから、大気中のCO2の濃度が長年280PPMであったものが、最近は350PPMに増えてきた、それと同時に地球の温度も上昇していると言われています。これも大変です。
  科学技術的手法で何とかしようという話をこれからします。 家庭とか産業の分野では心がけとして省エネを進める努力も必要です。しかし省エネ新技術の開発、導入が本質的に重要です。冷暖房をヒートポンプ方式にするとか、照明をLEDにするとか、工場での切断溶接、孔あけ等加工作業は、これをレーザーでやる加工工程にするなどして、効率化をはかる。
 運輸・自動車の分野では、例えば普通の自動車に100のエネルギーをガソリンとして入れると、エンジン(内燃機関)でロスして、動力になるのが18%、その動力をトランスミッションでロスし、結局、車輪を回す動力は12%です、車輪を回す動力が何に使われるかというと、風損に対して使う、タイヤのローリング抵抗に使う、イナシャー=ブレーキシューにおける発熱に使うことになります、(ブレーキを電磁ブレーキにして、電気を回収するのがプリウスです。)
 車を走らせるには、たかだか10%程度のエネルギーを使っているだけでありますから、電気自動車にして、エンジンやトランスミッションのない軽い車体にして、薄膜の太陽光発電パネルを屋根に取り付け四六時中充電して、走るときはこれを使い、駐車している時も発電する、そのような車が出来るのではないか、それがオプトエレクトリックビーグル(OEV:光電気自動車)であります。
 炭素繊維(カーボンファイバー)をプラスチックで固めた材料(CFRP)は飛行機の機体に使用されています。新型機では機体重量の半分がCFRPで出来ており、日本〜ボストン間をノンストップで飛び、燃料は30%節約できるようになりました。
 車にも全面的にCFRPを使って、かつ電気自動車で、薄膜の太陽電池でバッテリーに充電すれば上に述べた燃料を使わない自動車OEV(トラックは別)が可能になると思います。
 CFRP材料は加工方法が難しいので、レーザーで加工するなど、色々な産業のレベルで、新しい技術が実用化されて、新しい世界が拡がると同時に省エネ効果があるということになります。

7.核エネルギーの利用方法は核分裂と核融合
 ウランに中性子が一つ当たると核分裂により中性子が2〜3個とエネルギーが発生します。この中性子が次々とウランの核分裂を起こし連鎖反応が生じます、この連鎖反応が急激に進むと臨界になり核爆発を起します。これが原子爆弾です、その連鎖反応をコントロールして爆発しないように制御し、核分裂反応を連続的に維持させ、その時に発生する熱により発電するのが原子力発電所です。
 核融合は水爆のエネルギー源であります、水爆の平和利用をやろうと研究開発中です。これが出来ると、燃料は水素ですから無尽蔵で、地球上何処にでもあります。これが出来ると日本はエネルギー資源がないという制約から解放されます。
 ただ、水爆であります。原爆でも危ないものを水爆で発電所を作ろうとするのか、と理解されるとこれは大間違いです。誤解を招かないためにあえて原爆、水爆の対比で説明しました。
 水爆は原爆を爆発させて1億度の熱をつくり、その1億度で水素の原子核を融合させ爆発的にエネルギーを発生させる。核融合とは水素の同位体である重水素と三重水素を融合すると中性子とヘリュウムになります。この反応では放射性生成物はなく、従って放射性廃棄物もなく、クリーンなものであります。
 核融合反応に必要な1億度を原爆ではなく、レーザーを使って実現するというのがレーザー核融合であります。原爆とは全然違う世界です。
 真空チャンバーの中で核融合燃料小球を爆発的に圧縮する(爆縮)のがレーザー核融合の原理であります。燃料は重水素と三重水素の小さな直経1mm位の玉で、これに周囲からレーザー光をあてますと燃料の表面にプラズマが発生します。このプラズマがレーザー光で、さらに加熱されて高温になり、プラズマは外向きに膨張します、その反作用で燃料は中心に向かって加速され、圧縮されて高温・高密度になり核融合反応が起こります。(ロケットは燃料を燃やしてその反動で飛びますが、爆縮は燃料を内向きに加速させる。)それで、当てたレーザー光のエネルギーよりも大きな核融合エネルギーを出せば、この原理を使って核融合発電所が出来るのではないか、という事で研究をして来ました。
 日本では大阪大学の激光12号というレーザー核融合実験装置が世界最先端の結果を出してきました。その成果を活用して、米国にて建設が進められてきたNIF装置が2012〜2015年に核融合でエネルギーが出せるか、という実証段階に来ています。これが実現されれば、レーザー核融合動力炉の開発・建設へと研究段階から進むことになります。
 各国での実験や技術的な開発を合わして、2030年位には実験炉が出来るだろうし、その実験炉の結果をもとにして、2050年位には商業ベースのものが出来ると予測しています。

8.新しい文明への旅立ち
 物質的欲望を追い求めても限りがありません。地球は一つで、地殻は非常に薄いし、大気の層も非常に薄い、その中に人類は長い歴史を生きて来たわけです。限りない物質的欲望に比べ、地球の受容できる大きさに限りがあります。また物質的欲望の充足だけで、文明が進んできた訳ではありません、精神的充実の追求も必要であります。精神的充足の追求とは何か、そして幸福の指標とは。いろんな哲学が歴史上語られてきましたが、現在の世界の状況をみますと、結局「共に生きる」というのが、我々が目指すべき世界ではないかと思います。
 「共に生きる」とは自然と共生するという意味であり。家族と一緒に暮す、近隣社会と共に暮す、「共に生きる」ことこそが一番大切な事ではないかと思います。そして、世界に誇るべき長寿社会を、世界に先がけて実現した我が国こそが、新しい文明像を求めるべきでしょう。




平成24年5月 講演の舞台活花



活花は季節に合わせて舞台を飾っています。


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