第8回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成24年1月19日
小惑星探査機「はやぶさ」軌跡の7年を振り返る
〜小惑星探査機「はやぶさ」の帰還と太陽系大航海時代〜




大阪市立科学館学芸員
飯山 青海 氏

 

講演要旨

2010年6月地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」
は<やぶさプロジェクトの全体像を振り返りながら小惑星をはじめとした太陽系科学の進展と、これからの研究の展望をご紹介します。

 

 はじめに
 昭和12年、四ツ橋に電気科学館が出来まして、当時東洋初のプラネタリウムが大阪に来ました。以後52年間働きましたが老朽化したので、平成元年に北区中之島に移転し、名前も大阪市立科学館と変わりまして、伝統は引き継ぎつつ、天文・物理・化学の分野の展示とプラネタリウムをもつ博物館として活動しております。私自身も日常はプラネタリウムを担当しております。

≪はやぶさミッションとは≫
 「はやぶさ」は、世界で初めて小惑星からのサンプルリターンをめざすと言うことを目標として揚げました。私たちが住んでいる太陽系という場所は、太陽の周りを、地球をはじめとして幾つかの惑星が回っていますが、結構たくさんの天体が太陽の周りを回っています。
 惑星は少なくて8つ(水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星)で、言うたら大きい惑星です。では小さい惑星、小さいとはどの位か、私たちが住んでいる地球の大きさが直径13,000kmです、小惑星は最大でも500kmで、小さい方は1kmとか数百メートルなどたくさんあります。現在その数はおよそ50万個を超えています。もっと性能の良い望遠鏡が出来ると直径が数メートルの小惑星を多数確認できることになります。
 「はやぶさ」は小惑星「イトカワ」に行って、標本を地球に持って帰るのがこのミッションです。世界の研究者が小惑星に行ってものを持ち帰ることを、やりたかった。しかし出来なかった。それをやろうと言うのが「はやぶさ」ミッションです。

 「はやぶさ」には大きく分けて、4つの新技術が組み込まれています。
1)イオンエンジンの長時間運転
 従来のエンジンは燃料を燃やして膨張したガスを噴出しその反動で推進するのですが、イオンエンジンは燃料を燃やすのではなく、推進剤(燃料)を電気の力で加速して、それをそのまま外に噴きだす従来のエンジンよりもずっと速いスピードで噴き出すことができます。従来の燃料の10分の1で、同じだけのスピードを出すことができる。この10分の1というのは大きな意味があります。
 「はやぶさ」はパネルの全長5.7m、ボデーのところは幅1m、高さも1mちょっと奥行きが1.5mでかなり小さい。総重量(燃料満タン)で510kgぐらいです。
 この内、燃料は余裕見て80kg弱です。従来のエンジンだと燃料だけで800kgとなり、とても探査機に積めません。「いって帰ってくる」ためには、少ない燃料で飛べるエンジンの開発は必須でした。

2)自律誘導航法
 通常探査機では、地上から指令を送り誘導しているのですが、「はやぶさ」は電波にして、片道15分かかる位置にいましたから電波での誘導は出来ません、その為自分のことは自分で判断する装置を組み込みました。

3)微小重力下でのサンプル採取
 小惑星「イトカワ」の大きさは500m位と解っていましたが重力が小さいので、スコップやドリルは使えない、そこでピストルの弾を撃ち込めば、なにかが飛び散ると考えました、その何かを採取して持ち帰ることにしました。

4)惑星間軌道からの地球帰還
 スペースシャトルは地上400km位です。そこから地球に下りてくるのですが、「はやぶさ」は火星の向こうまで行くのですからめちゃめちゃ高いです。地球とその他の星の間の軌道を惑星間軌道と言います。そこから地球に帰ってくる訳です。上から下に降りてくるとスピードが出ます。スペースシャトルは秒速6km位ですが、「はやぶさ」は12kmです。単に2倍ではありません。スペースシャトルの機体の表面には耐熱タイルを貼っていますが、「はやぶさ」では摩擦熱の温度が高くて耐熱タイルでは持ちませんので、高温に耐える素材の開発が必要になりました。
 「はやぶさ」は多くの新開発した技術を詰め込んでいます。宇宙機としては非常に危なっかしいものです。宇宙に打ち上げたら壊れても修理が出来ません。しかし、新しく開発した装置は、昔から使っているものに比べて壊れやすいのがあたりまえで、新技術だらけの探査機がちゃんと帰ってこられるかというと、かなり疑問でした。
 そこまでして小惑星に行って物を持ち帰る理由はどこにあるのか、何が嬉しいのか、この点について、マスコミの報道は取り上げていないので少し説明をしておきます。
 私たちのように小惑星や流れ星や地球のことや火星のことを研究する技術者を惑星科学者と言います。惑星科学者の目的を一言で言いますと、我々の地球がどのようにして出来たのかを正確に知りたいのです。
 地球が出来る材料の手がかりは、地球に落ちてくる隕石と小惑星です。以前から隕石と小惑星はきっと同じものだと思われていましたが、その証拠はありませんでした。「はやぶさ」が小惑星の石を持って帰れば、隕石と比較することで、本当に同じものかどうかが分るのです。つまり、隕石を使って小惑星の研究ができると、はっきり言えるようになるのです。

「イトカワの探査成果」
 さて、「はやぶさ」は2003年に打ち上げて2005年「イトカワ」に到達しました。まずは2ヶ月間周辺で写真をたくさん撮りました。まず着陸する前に、いろいろな角度から調査する必要がありました。
 驚いたことに「イトカワ」にはクレーターが見当たらない。今までの探査機が調べた小惑星の写真や、月や火星にはクレーターがたくさんあります。なぜ、イトカワにクレーターが無いのかは、科学的に面白い研究テーマです。
 写真からみると50m位の岩がたくさんあります。意外と着陸する処がないことが解りました。また色を詳しく分析するカメラで「イトカワ」の石を調べました。その結果は隕石と同質のものであることが解りました。
 またサイズと密度から計算した重力の強さと、探査機が「イトカワ」に引っ張られる力の食い違いから、「イトカワ」は見かけより軽く、石と石との間に隙間が多い構造(がれきの寄せ集め構造)であると推定されます。このことから500m位の石の塊ではなく、小さい石が集まって500mになった歴史があると言える。
 2005年12月に着陸、1回目は失敗で2回目にまずまず成功し、いよいよ地球に帰そうとした時に通信途絶となった。原因は燃料漏れで、姿勢制御が出来ず太陽電池が働かなくなり電源喪失して、地球との通信を絶った。
 「はやぶさ」を地球に帰すにはタイムリミットがあります、惑星間では目的の天体へ向かうには、タイミングを逃すと目的の天体に到達できません。3年待つと、「はやぶさ」は軌道を2周し、地球は3周した同じ位置に戻ってくるので、もう一度地球帰還のチャンスが生まれます。

「全天周映像HAYABUSA」
 その間、科学館では多くの人に「はやぶさ」を知ってもらい、帰還を盛り上げたいと思い2009年4月に「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」を公開しました。
 「ドーム」という映像空間を使って、自分も「はやぶさ」と一緒に「イトカワ」へ行って来たかのように体験することが出来るので、大勢の皆さんに見て貰い大変好評でした。
※「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」の予告編を迫力ある画面で見せて頂きました。
 「はやぶさ」が帰ってきてからは映画館でも放映して貰いましたし、去年の秋には、研究者の頑張りを映画化することで、俳優の竹内結子さん西田敏行さんの映画も封切られたし、これから渡辺謙さん藤原竜也さんの映画も上映されますし、科学館でも「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」を再上映することに成りました。(1月から春休みの土日休日)

「カプセル回収隊」
 JAXAの回収隊の一員となりました。研究の分野では共同研究がよくあることですが、各分野の専門家(流れ星の専門家や地震の専門家写真アマチュアの専門家)を集めた回収隊です。私自身は高感度ビデオカメラでの撮影に従事しました。
 カプセルは大気の中に飛び込んできます。この時にスペースシャトルの耐熱タイルも耐えられない様な高温にさらされます。それを守るヒートシールドという部品で熱から守られています。空気抵抗で失速した後は、中のカプセルがパラシュートを開いて落ちてくる計画です。
 カプセルには発信機が付いており、JAXAの職員はアンテナにより電波を拾うことで落下点がわかるのですが、発信機は電池で動きます。7年前の電池が作動するかどうか、は不確実です。そこで流れ星チームの出番です。ところが曇ったら探せません。空を音速より速い物が飛行すると衝撃波が出ます。カプセル落下地点の、地面の僅かな振動を地震計で拾うことが出来ます。それは曇っていても観測できるので、地震学者も同行しています。そんなわけで電波チームと流れ星チームと地震チームの3チームがオーストラリアに派遣されました。
 本部で打合せのあと各地に分散し、現地(人口5人の村に我々の回収隊メンバー5人、人口倍増です)に9泊しています(機材の確認・電源の確認・通信のテスト・リハーサル・ミーティング等など)。天候は雨季で曇っています。快晴は最後の一晩だけ、帰還の夜だけでした。「はやぶさ」は最後まで運が良いなと思いました。
 魚眼レンズを付けたカメラを持って行きました。もう一つは手で構えて撮影する高感度ビデオカメラです。
 カプセルにはヒートシールドをつけています。このヒートシールドは溶ける特殊な素材で出来ています。溶けることにより周りの熱を奪い本体を守る役目をします。溶けた素材がカプセルの後ろに回り込み、尻尾をひいた状態で落ちてきます。これを追跡し、当然ですが非常に早いスピードでしたが、なんとか喰らいついて撮影することが出来ました。心配していた発信機の電池も作動し、電波が出ました。
※カプセルの発光の様子を、臨場感ある映像で見せて頂きました。(時間にして45秒)
 カプセルの中からは微粒子が見つかりました。「イトカワ」での探査の時点で、「イトカワ」の材質はLLコンドライト(コンドリュールという球粒状構造を持つ隕石の一種)という隕石と同じであろうと推定されていましたが、出てきた微粒子はLLコンドライトという種類の粉と考えて矛盾がなさそうでした。今後更に時間をかけて研究が行なわれます。
 地球がどうやって出来たか知りたいなと言うときに、隕石みたいな物がくっついて地球が出来たのだろうと、そのアウトラインについては漠然と皆がそう思っていると言いましたが、はたして隕石が本当に地球の材料なのかはよく分からない。隕石のような星=小惑星をくっつけて地球になるのかな、とシナリオを組んでいく時に、材料は隕石でいいのと言えるかどうかです。もっとたくさんの証拠を積み重ねていかないと地球にならないわけで、「イトカワ」はその鍵を一つ埋め込んだと言えるのではないかと思います。
 小惑星は大きく分けて、S型・C型・M型があります。炭素のある小惑星は生命の起源に関係があるかもしれない、ということで、「はやぶさ2」プロジェクトでは、C型少惑星の探査を計画しています。
 興味深いのは、地球の海の起源です。C型の隕石を加熱すると水蒸気が出てくるものがありましたから、それで地球の海が出来たのではないかということで一旦決着したかに見えたのですが、その後の研究で地球の海の成分とは違うことが分かりました。今後の探索に期待されます。

 「はやぶさ」のプロジェクトをやった川口先生は、我々は太陽系の大航海時代の幕開けの時代に生きていると言われます。
 かつて望遠鏡の時代に、当時それなりに地位のある科学者が火星に春夏秋冬があり、模様が変化する。これは火星人が農業をしているのだと言いました。僅かに100年程前の話です。火星に四季があり模様が変るのは事実です。しかし、火星に探査機が行けるようになり、火星には運河がないことが分かりました、50年前のことです。
 そして21世紀の現代、ついに、他の星へ、行って帰ってくることができる時代になりました。また、当然、技術はより遠く、よりたくさんの重量へ、という方向へ進歩するはずです。

 「はやぶさ」プロジェクトは、ここ20年程前にスタートしています。今、「はやぶさ2」を作ろうとしていますが、当時の技術者が、転職したり、定年になったりなどして、すでにいないのです。これでは技術の伝承が出来ません、もっと頻繁に宇宙機を送り出し、新しい世代へ技術を継承しなくてはなりません。
 新しい技術開発として、太陽の光を受けて宇宙船を飛ばすソーラーセイルという技術があります。実際にイカロスという探査機を開発して、もう金星に向けて打ち上げています。

 このプロジェクトは成功したか、失敗したのか、とよく問われます。しかし、成功か失敗かというような二分論はいけません。このような大きなプロジェクトで、100%の成功や100%の失敗はありません。
 うまくいった部分もあり、いかなかった部分もあり、真実は100%の成功と100%の失敗の中間にあります。成功した部分とうまくいかなかった部分とを正しく評価することが大切です。報道を受け取る市民の一人一人が、二分論的ものの考え方に陥ることなく、両極端の中間にある真実を見極める努力が必要です。




平成24年1月 講演の舞台活花



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