第5回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成23年10月20日
葬式は要らない!?




元東京大学先端科学技術センター客員研究員
宗教学者

島田 裕巳

 

講演要旨

葬式のことや、人が死ぬということが大きな問題になっています。今回はとくに葬式の問題にしぼります。
葬式は要るのか、墓は要るのか、原点に立ち返って、人の死、弔い方について考えます。

 


 「はじめに」
 今日は、葬儀の問題についてお話してみたいと思います。
 昨年、「葬式は、要らない!?」という本を出版しました。刺激的なタイトルで、予想はされたもののお坊さんの世界からはケシカランと批判されました。この本は、たまたま売れたわけですが、こういう内容を必要とする人がいるということです。
 皆さんは過去に喪主として、あるいは親族として葬儀を出した経験があると思いますが、葬式というものは何故こんなに面倒で、難しくて、金がかかるものなのかと、何か割り切れないものがある人が多いと思います。
 今、日本では毎年120万人の人が亡くなっています。これは総人口の約1%に当たるわけですが、もう少し前までは70万人ぐらいの人数だったように思います。これは何も死亡率が上がったわけではなく、団塊の世代も含くめて死ぬ対象年齢が増えてきているからです。
 今後140万人から160万人ぐらいなり、一説では170万人ともいわれています。170万人が死亡するということは、170万件の葬儀が行われるということです。我々はいやでも葬儀に拘わらざるを得なくなります。
 老後の不安として病気、介護、年金、遺産、相続等がありますが、その先には死後の不安があります。死んで行く人には直接関係ないですが葬儀、墓、供養の問題などです。老後の不安には、自治体とか公共機関が関与して手助けしてくれますが、死後の不安はだれも解決してくれません。

「人の葬り方」
 3月11日の東日本大震災では多くの人が亡くなりました。予想された事ではあったわけですが、大規模な災害が起こったときは、多くの死亡者をどうするのかが大きな問題になります。
 現在の日本では99%火葬されているわけですが、いちどきに多くの死亡者が出た場合、処理能力、墓地がないなどで埋葬が間に合わないことになります。そこで取りあえず一旦、広い場所にまとめて土葬し、あとで改めて火葬にする方法がとられています。
 都市部で大災害が発生した場合、どのように葬っていくのかが大きな問題になっています。都市では、核家族化が進んで、家族の中で死者が出るというケースが少なくなってきています。かつては大家族の中で葬儀に関わる経験をする機会が多かったのですが、今は未経験のまま葬儀を出さなくてはならなくなりました。
 今日は、大多数の人が病院で亡くなります。その場合、ほとんど葬儀社の人がやってくれるわけですが、値段が妥当なのかなど他と比較のしようがありません。昔は地域の中に経験豊かな人がいて、葬式を取り仕切ってくれたものですが、今はそういう人がいないので、経験のない家族で全ての対応しなければないので葬儀社に頼らざるを得ません。
 葬儀にはどれくらいの費用が掛かるのか。調べでは200万円ぐらいと言われています。だから、それだけのお金を残しておかなくてはならないということです。

「東日本と西日本の葬儀事情の違い」
 日本は、世界で火葬の率が最も高く、99.87%と言われています。葬儀の事情は東日本と西日本とで火葬後に大きな違いがあります。
 東日本では、焼いた骨を全部拾って帰ります。したがって、骨壷は大きいものを使いますが、西日本ではノド仏など主要な一部分だけを拾うため、小さいものでも間に合います。しかし残った骨はどこへ行くんでしょうか。
 また墓の様子も東と西では異なります。東は、墓の底がコンクリートのようになっていて骨壷のまま置いておくので大きな墓が必要になります。対して、西は底が土になっていて、その上に骨だけを取出して置いておくので、将来土に戻ってしまいます。近畿圏の埋葬文化は首都圏より進んでおり合理的だと言えます。
 葬式にしても、青山葬儀所のようなところで莫大な費用をかけて行う人もあれば、本当に金をかけられない人もおり、格差が拡大しています。今、東京には墓にも納められない骨がどれくらいあるのか分かりません。ところが西日本には、墓を作らなくても、宗派の本山へ納骨し一緒に弔ってもらうという方法があります。東日本にはありませんが、これは、ただ宗派の本山のほとんどは京都など西日本にあるという理由によるものです。

「火葬大国日本」
 世界中でほぼ100%に近い火葬率の国は、日本の他にはありません。しいて言えば、イギリスが70%程度あるぐらいで、アメリカでは30%ぐらい、また隣の韓国でも30%ぐらいだと思います。世界中の他国はおしなべて火葬の割合が低くなっています。
 また、信仰上の問題などで、逆に火葬に抵抗を示す国も多くあります。たとえば、スリランカでは野外で焼く風習があり、環境に良くないという理由で政府が土葬を奨励しているような国もあります。
 しかし最近では、都市化の進行で海外でも火葬が増えています。ところが、火葬に慣れていないために、フランスでは、火葬した骨を引き取らないとか、骨壷を捨てるということが起こってきています。またドイツでは、火葬場で焼き始めるとさっさと帰ってしまい、遺骨を引き取りに来ないケースがよくあるということです。

「日本人はなぜ葬儀や墓に強い関心をもつのか」
 日本でも最近、遺骨を引き取りたくないという人が増えてきています。愛情の問題もありますが、多くは葬式ができない、墓地がない等の経済的な理由によるところが多いと思います。
 お金をかけないということでいえば、まだ葬式は何らかの解決方法があるのではないかと思われます。近頃はお金をかけない葬式が増えてきています。これには他人を呼ばないで、家族だけで行う「家族葬」とか、葬式をしないで火葬場へ直行する「直葬」等があります。
 大往生の時代になって、多くの人が高齢で亡くなるようになってくると、参列者も少なくなってくるため、実質的に家族だけの葬儀になってしまいます。質素、簡素にやることは死を悼んでいないことにはなりません。だから、「家族葬」や「直葬」でもいいんじゃないかという風潮になりつつあります。
 しかし、現役世代の場合はそうはいきません。いろいろな関係やしがらみがありますから、あとでお参りやら何やらが、バラバラとあると返って迷惑、面倒になるので、やはり葬式はやった方がいいかもしれません。
 葬儀をしないケースが増えてきているとはいえ、これだけの人が毎年死ぬのだから、やはり葬儀産業は拡大していきます。たとえばイオンが葬儀産業に参入し、葬儀諸費用を明示して仏教界と揉めました。しかし本当はみんな費用の実際の目安を知りたがっているんです。
 墓の場合は、更に問題が多くあります。少子高齢化で墓を維持する人がいなくなり、また個々の費用負担も大きくなっていきますので、東日本では散骨が増えるなど、合理的にやろうとする傾向になっています。

「これからの葬儀のあり方」
 日本は幸福度が低いといわれますが、幸福になるための素地は持っていると言えます。
 人間は記憶を中に貯めこんでいて、その記憶がうまく出てくることで、人間は凄く幸福を感じることが出来るんです。
 歳を取るという事は経験を重ねているということです。若い時に感じる感性よりも多くのことを得ることが出来ると思います。100歳を超えると、生と死の間を味わうことができ、死ぬことが怖くなくなるのではないでしょうか。反対に、若い人はまだ経験も少なく、存在意義をまだ見いだせない為、死が怖くなるのではないでしょうか。
 120万人もの人を火葬すると燃料も掛かります。従来は、骨上げがしやすいように焼いていたので本当はもっとよく焼けるんですが、そうなると燃料も増え、環境への影響も出てくるので、火葬をやめて他の葬り方を考える動きがあります。
 環境に配慮した葬儀の方法として「冷凍葬」あるいは「フリーズドライ葬」というのがあります。要するに遺体を火葬しないで、液体窒素で急速に冷凍する方法です。乾燥して粉々になったものをでんぷん質か何かの棺桶に入れて土中に埋めておくと、1年ぐらいで土に返って消えてしまうそうです。火葬して骨壷に入っていても、そのうち祭る家も人もいなくなって放置されることを思えば、「フリーズドライ葬」でも良いんではないでしょうか。




平成23年10月 講演の舞台活花



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