第4回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA小ホール
平成20年9月18日
司馬遼太郎の残したもの
司馬遼太郎記念館 館長
上村 洋行氏
講演要旨 司馬遼太郎のことを思ううち、我々はこのままでいいのか、と考えてしまった。 日本人はこれからどう生きていけばいいのか、「坂の上の雲」映像化の経緯などエピソードをまじえて一人の作家が残したメッセージをお伝えしようと思う。 |
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司馬遼太郎のメッセージと言いましてもあまりにも多岐にわたっています。全著作を読んでいただくしかないわけですが、身内としてその人となりあるいは言動から断片的にさぐりだしていきたいと思います。 司馬遼太郎にはじめて会ったのは、作家になる前、つまり新聞記者時代で、私が小学校の高学年でした。そのときの印象は周りにいる大人たちと少し違うということでした。その違いが 「作家、司馬遼太郎」だったのか、と今になって思います。 『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『菜の花の沖』『関ヶ原』・・・・・・司馬遼太郎は 多くの作品を書きました。その根底に流れるテーマは、人間とは、日本人とは何なのか、ということだと思います。それぞれの作品の主人公たちの生き方を考えるとき、なんと今の我々は志が希薄になってしまったことか、と思います。 司馬遼太郎は「公と私」の関係を常に考えていました。司馬作品に登場する主人公たちの時代には、特に江戸時代から明治時代にかけてはそのバランスが健全なかたちで守られていたと思います。たとえば、『坂の上の雲』は、松山に生まれ、日露戦争でその能力、胆力を発揮した秋山好古、真之の兄弟、そして、俳句の革新をもたらした正岡子規という三人を主人公におきつつも、初めて国民という意識を持った人々が、けなげにも前を向いて近代化をめざして歩んでいく日本人像、そしてその時代を描いた作品です。その行間から健全な精神のようなものを受け取ることができるのではないか。 改めて今の世の中を眺めてみると「公」がどんどん狭められて、 「私」がどんどん大きく広がってしまいました。「私」さえよければと いう風潮ですね。モラルやマナーが欠落し、とんでもない犯罪がお きます。また、テレビで当事者が頭を下げる映像を何度見たことか。 こういう問題をどう解決していけばいいのでしょう。私が答えを出す立場にはありませんが司馬遼太郎が小学生の教科書に書いた「二十一世紀に生きる君たちへ」という文章があります。この文章は今、こどもたちだけではなくおとなに読まれているようです。つまり、科学技術にのみこまれない自己をきずくこと、そして、自分に厳しく、 他人への思いやりがあれば、おたがいが尊敬し合うようになる―― という意味のことが書かれています。我々はその記述を頼りに、この「二十一世紀に生きる君たちへ」の精神が生かされれば、と思うのでありますが……。 最後に、われわれは大阪に住んでいます。大阪の歴史をもっと知らないといけない。知れば元気が出てきます。江戸時代にはモラルなどの点で今の大阪とは全く違う大阪がありました。つまり、大阪は幕府(政府)に頼らずに自分たちでやるという気風が強かったのです。 例えば大阪に橋が二百数十あるうち、大部分は民間の手で架けられました。江戸は政治、大阪は経済という独特の仕組みの中で大阪の果たした役割、とくに民間のパワーは大きなものだったといえるでしょう。昔は良かった、ということではないのです。大阪人の持っていた、公と私のバランスのとれた精神、自分たちの手でやろうという自立心、そういう気質をいまこそ取り戻して十分に発揮しなければならない、と思うのです。 |