第2回 河内三太子を訪ねる(中之太子)
令和4年9月30日(金)
今回は、弥勒菩薩の寺 野中寺(中の太子)のある 羽曳野市方面を巡りました
大阪府の南河内地域に位置する市で、ぶどうとイチジクの栽培が盛んで古墳などの古代史跡の多い地としても知られています。
昭和31年9月、町村合併促進法によって、古市・高鷲・丹比・埴生・西浦・駒ヶ谷の2町4村が合併して南大阪町が
誕生、そののち昭和34年1月15日に市制を施行して羽曳野市になりました。
野中寺
野中寺は、羽曳野市野々上にある高野山真言宗の寺院でおよそ1400年前に聖徳太子が蘇我馬子の助力を得て建立されました。
聖徳太子ゆかりの「河内の三太子」の一つです。
現在でも境内には、塔や金堂など飛鳥時代の伽藍の跡が残っています。
お染久松の墓所
お染久松の物語は、大阪の豪商「天王寺屋」の娘お染と丁稚久松の心中事件を題材にした近松半二の浄瑠璃作品とされています。
二人とも実在の人物ですが、宝永5年(1708)丁稚久松が主家の幼女お染を誤って水死させ、申し訳に土蔵で首を吊って自殺したのが実説とされています。
墓といっても供養塔なので、遺体をここに葬ったわけではありません。
竹内街道
白鳥陵古墳(左)、白鳥神社(右)
白鳥陵古墳は、羽曳野市のほぼ中央、羽曳野丘陵から東に延びる中位段丘上に築かれた古墳時代中期の大型前方後円墳です。
誉田八幡宮
誉田八幡宮は、日本最古といわれる八幡宮です。
後の時代に応神天皇が戦いの神様として崇められ、歴史の権力者に保護されて現在に至っています。
又、大坂夏の陣「道明寺・誉田の戦い」で真田幸村が陣を引いた場所といわれています。