第2回 柴島(くにじま)と淀川を知る |
28年9月30日(金) |
大阪にある難読漢字地名の中でも特に読みにくいといわれる柴島。その名前の由来には、諸説がありますが、
昔、茎の渡しという渡し場があり、茎島(くきじま)から転じたという説。
柴島神社の創始による説で櫟島(くぬぎじま)が転じたという話等が伝えられています。
柴島駅
柴島駅(くにじまえき)は、大阪市東淀川区柴島二丁目にある、阪急電鉄千里線の駅です。
法華寺
天平13年(741)に聖武天皇が諸国に国分寺・国分尼寺の建立を支持し、摂津国分尼寺(法華寺)が設けられました。
だが室町時代に入ると寺はいったん廃絶しましたが、応永13年(1406)に了庵慧明が再興し、禅寺として知られるようになりました。
当時、柴島浄水場付近に再建されましたが、大正3年(1914)に浄水場建設のため、現在地に縮小・移転しました。
柴島歩道橋から淀川大堰・柴島晒境・取水塔等を見学しました。
淀川大堰(左)、取水塔(右)
柴島神社
貞永元年(1232)の大洪水時、村人たちは仲衷天皇を祀っている森に避難しました。そこへ
柴の束に乗った小祠が漂着したので、のちに産土神として祀ったのが神社の起源とされています。
柴島浄水場
大阪市の水道は、我が国4番目の近代水道として、明治28年11月13日から給水を開始しました。
その後、大阪市の市勢の発展に併せて、9回の拡張事業を実施し、現在では、柴島、庭窪、豊野の
3浄水場から市内全域に水道水を供給しています。