第10回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
2024年3月14日

「フィリピン、田舎町の暮らし


 

前大阪狭山市長 ボランティアグルーㇷ゚ Team DamGo代表

吉田 友好 氏

講演要旨
 テレビで報じられるマニラなどの都会のフィリピンとは異なり、田舎町で、のどかに暮らす人たちの生活と現地でのボランティア活動をご紹介します。

<はじめに>

 2015年4月市長退任後、6月にフィリピンに行った。最初の6ヶ月間英会話の勉強をした。フィリピンではタガログ語等が母国語で、元々、英語が話せていた訳ではなく学校に行ってから習っている。従って我々と同様、RとLの発音に苦労をしたようで、その経験から講師が分かりやすく、丁寧なマンツーマンの指導を受けた。

 以前 日本の特殊詐欺集団 ルヒィがフィリピンの収容所から携帯電話を使い犯行を重ねたことが報道された。日本人の感覚として「収容所でこんなことができるのか?」と思うが、フィリピンでは当たり前のことで、報道されていない。「金さえあれば何でもできる」これが、フィリピンの実態である。しかし、これは公務員がしっかりしていないためで、一般の国民は貧しいながらもゆったり暮らしている。そんなフィリピンをお話ししたい。

<フィリピンの現状>

 フィリピンで運転免許証を取得したが、日本のものとかなり違っている。フィリピンの免許証には体重、身長が記載されている。有効期限は5年か10年を選択できる。但し料金は異なる。更新する場合、インターネットで試験を受ける。日本のように、教科書はなく、問題も難しく合格するのに苦労した。免許証は政府にプラスチックを買う予算がないので、A4の紙製。ナンバープレートはヨーロッパから輸入していたが、これも予算がなく、カーメーカーに作らせている。このため、国民の政府に対する信頼は薄いのが現状だ。

 日本から4時間半でセブ島に着く。首都マニラへは大阪から4時間と近い距離にある。フィリピンは7,641島からなっている。非常に多いように思われるが、最近の調査で日本は14,125島あることが判った。フィリピンを群島国家と紹介しようと思ったが、そうとは言えない。

 フィリピンの面積は約30万㎢(日本の8割)、人口は1億1600万人。平均年齢は26(日本は48)

 フィリピンは働き手が多く、政府がしっかりすれば、経済成長も望める夢のある国だ。宗教は83%がカトリック教徒。以前、イスラムの武装集団と争いがあったが、今はない。カトリック教は避妊も離婚も禁じている。戸籍制度がきっちりしていないので、未婚で子ども4人いるという女性も周りにいる。

 フィリピンには約80の言語があるが、公用語はマニラで使われているタガログ語である。公文書、会社では英語が使われている。大卒はしっかり英語が話せるが、高卒では話せないので、就職は難しく技術職等に限定されているのが現状だ。

 義務教育は幼稚園1年、小学校6年、中学4年、高校2年 計13年と日本より4年長い。子どもが増えているので、中学校や高校では教室が不足し、午前・午後の二部制をとっているところもある。

<フィリピンの政治情勢>

 現在のフィリピンの大統領は2022年に就任したボンボン・マルコス。1986年まで20年間大統領に君臨したマルコス氏の息子で、副大統領はドゥテルテ前大統領の長女サラ ドゥテルテ氏。二人がタッグを組んで全国的に支持を得て当選した。

 父のマルコス氏は対立候補アキノ氏と大統領選を戦ったが、アキノ氏がマニラ空港で射殺された。代わってアキノ夫人が大統領選に立候補した。選挙結果は中央選管では160万票差でマルコス氏当選。一方、民間監視団は80万票差でアキノ氏勝利と発表した。

  マルコス勝利に疑問を持った市民約100万人がマニラに集結し、マラカニアン宮殿まで抗議のデモを行った。この時、群衆は警備の兵隊に花を贈り「私たちは戦いたくない。抗議するだけだ」と訴えた。これにより警備はなくなり、マラカニアン宮殿に入ることができた。

 マルコス一家はヘリコプターで脱出し、ハワイに亡命した。群衆革命によって政権を倒した「ピープルパワー革命」として、この日2月25日を祝日としている。

 このように追いやられた人物の息子がどういう訳か大統領に就任した。

 父 マルコスの悪政への不満が「ピープルパワー革命」につながった。

 亡命していたマルコスが1989年死去。これを受けてアキノ夫人も、後に大統領になったアキノ氏の息子もマルコス一家の帰国を許した。父マルコス政権時代、優遇を受けたマニラ北部の人たちの支援を得て、ボンボン・マルコスが大統領に就任した。

 マルコス大統領は2月25日の「ピープルパワー革命」の祝日をなくしたり、父マルコス政権下の戒厳令を正しかったとするなど父の施政を評価している。教科書に「ピープルパワー革命」が記載されているが、これも削除されるのではと危惧されている。また、憲法改正の国民投票を5月に実施を表明した。これに対しドゥテルテ前大統領は「父マルコスが20年間も大統領に君臨したため、憲法で大統領任期を6年とした。この憲法改正し長期政権を狙うなら、貴方も父親と同じようにハワイへ追放する」と公言している。ドゥテルテ氏はまだまだ影響力があり、注目されている。

  ドゥテルテ氏は1945年生まれ。父は国務大臣を務めたことがある。ドゥテルテ氏は10年間検察官を務めていたが、裁判官が買収されているため、担当した案件はことごとく「無罪判決」となった。これでよくならないと思い、政治の道を志し、43歳でダバオ市長に当選した。市長の任期は3年、連続3期までだが、4期目は下院議員となり、その後ダバオ市長の返り咲きを繰り返し、20年間市長を務めた。ダバオ市を安全な町にするため、ひそかに自警団をつくり、徹底して取り締まりを行い、時には犯罪者を殺害するようなこともあった。ダバオ市は人口170万人の大都市だが、フィリピンで1番安全な町、東南アジアでも安全な町ランキングの2位と高く評価された。

ドゥテルテ氏はダバオ市で行ったことをフィリピン全土で展開しようと、麻薬撲滅、公務員の汚職撲滅を公約に掲げ大統領に当選した。麻薬撲滅のために警察官に殺人のライセンスを与え、常習者、密売者検挙に生死に関わらず賞金を与えた。警察官は賞金稼ぎに動き、6000人も殺害されたと伝えられている。裁判をせず処刑したことに、今も国際刑事裁判所で問題となっている。

民間の人権団体は2万~3万人は殺されていると発表した。警察は「自首し、一定期間、講習を受ければ罪は問わない」と方針変換した。麻薬常習者の親族や市役所の下部組織のバランガイのキャプテンたちは自首を勧めた。私の近所でも60人が自首し小学校で半年間講習を受け、逮捕を免れた。

 ドゥテルテ前大統領はこのように麻薬撲滅に取組んだ。先進国から見ると乱暴に見えるが、自国民からは麻薬常習者もいなくなり、安全になったと、高く評価されている。

 汚職撲滅について、免許証更新時に会場に「私たちは、一切金品は受け取りません」と大きなポスターが至る所に貼られ、効果を挙げた。以前は無免許で検挙されても、賄賂を渡せば見逃してくれたが、そんなこともなくなった。汚職撲滅が浸透し、ルールを守り、国民全体が引き締まった。

 ドゥテルテ大統領は、国公立大学の授業料無償化、国民皆保険導入、前政権からの公共工事を引継ぎ、道路、橋建設を進めた。ドゥテルテ大統領就任時支持率は80%であったが、退任時も75%と高い支持率があった。

 ボンボン・マルコス大統領は麻薬常習者と噂され、そのため麻薬撲滅ができないと言われている。就任2年になるが、評判は芳しくない。

 フィリピンでは、選挙時に殺人、傷害事件が多発する。そのため選挙前日、当日の酒類販売を法律で禁じている。去年10月、市下部組織のキャプテン選挙時でさえ19人死亡、100人以上が怪我を負う事件が起こっている。

 2年前、大統領選挙と同時に行われた市長選挙で、市長候補者の車が襲撃され、市長は無事であったが、秘書と運転手が殺される事件があった。

<フィリピンの経済状況>

 職業により給料格差が大きく、貧富の差がある。英語が堪能な人は都市部にあるアメリカのコールセンターに勤める。コールセンターの数は、以前インドが世界第1位であったが、インドを抜いて今や、フィリピンが1位となった。ここの給料はよく月8万円ほど。船員の給料は月30万円ほど。これは雇い主が外国人であることと、休みが取れず6ヶ月間働き詰めという厳しい労働であるためだ。フィリピン人は陽気でコミュニケーション能力もあり、船員として評判が良い。公立学校の教員の給料は 5万4千円ほど。校長先生で月9万8千円ほど。ベテランになればなるほど、給料が高くなる。これらは良い部類でその他、道路作業員は日当が980円ほどとメイドさんなどに比べ、重労働にもかかわらず安い。これは、道路作業員は年間を通じて仕事があり安定しているからとのこと。コールセンターに働く人は給料が高いので安い給料(日1千円ほど)のメイドやベビーシッターを雇い働き出る。フィリピン女性の社会参加率の高い要因となっている。

物価は、米1㎏ 160円と日本に比べて安い。卵の値段は日本とあまり変わらない。ガソリンは1リッター 185円。マクドナルドのビックマックセットは710円(日本は750円)。メイドの日当1千円と比較するとこれらの値段はすごく高い。

フィリピンにジョリビーというファストフード店があり、ここのチキンとごはんがセットになった「チキンジョイ(400円)」がごはん好きのフィリピン人に大人気で、世界的に人気のマクドナルドも、フィリピンでは1位になれない。

田舎町では1食200円ほどの定食が主流。

私は8年前から現地で文房具を購入し、小学校に配布する活動をしているが、昨年の文房具購入費は、前年の1.5倍になっており物価急上昇を実感している。

20年程前なら日本の年金で海外移住、ロングステイが出来たが、医療費負担や物価高の現状では年金生活者にフィリピン移住をお薦めできない。

日本の海外旅行でセブ島と紹介されているのは、近くのマクタン島のことでリゾート地となっている。   

1521年、マゼラン率いるスペイン艦隊が、フィリピン全土を攻撃する拠点とするためにセブ島近くにあるマクタン島に上陸したが、セブ王国のラプラプ国王と戦いマゼランはこの地マクタン島で戦死した。しかしその数年後にスペイン艦隊が押し寄せ占領されてしまう。ラプラプ国王は国を守った英雄として碑が建てられ、今も称えられている。

<アルガオでのTeam DamGoの活動>

セブ市やマニラでは高層ビルが立ち並び、大阪のビジネスパークの比ではない。しかし少し離れれば、スラム街となっている。職を求めてセブ市やマニラに出て来て掘っ建て小屋を建てて、不法占拠している状態が都市部では目立つ。

私の活動拠点のアルガオは歴史のある町で、面積は191㎢、山に囲まれ平地が少ない。人口7万8千人、面積は大阪市と同じ位ある。

鉄道やタクシーはない。路線バスは手を挙げればどこでも停まってくれる。

広い面積の町だが交通信号は一つもなく、国道に接する交差点では交通指導員が誘導している。バイクの多くはナンバープレートがなく、ヘッドライトや方向指示器がつぶれている場合が多いので、車の運転に注意が必要だ。バイクにサイドカーを着けた5~6人乗りのトライシクルという乗り物が住民の主要な交通便だ。料金は一人60円。

アルガオの山間部は校区が広いため、中学校に通うにはオートバイが必要で13歳の子どもでも無免許でオートバイを運転している。

生活面では、ガスがなく木を切って燃料にしている。下水処理施設やし尿処理施設がないので、トイレは大きな穴を掘って地中に流している。農作業は耕運機がないので、水牛を使用している。

現地で文房具などを配る活動をしているが、道がない小学校はオートバイで途中まで行き、降りてから40分程山道を歩くなど苦労して文房具などを運んだ。

Team DamGo」のDamgoは、現地の言葉で夢という意味で日本のダンゴに掛け合わせて目名付けた。子どもたちに配るノートなどの文房具には日本からの贈り物だと判るように「Osakasayama Japan」のシールを貼っている。

文房具は一括して渡すと、他に流用され恐れがあるので、ノート5冊、鉛筆またはボールペン5本、クレヨン1箱、レポート用紙1冊、消しゴム1個を袋詰めにして、子どもたち一人ずつに手渡している。昨年は1600人の子どもたちに配布した。

贈呈の際、どの学校でも寄贈式を行ってくれる。挨拶に続き、国歌、キリスト教の歌を歌い、文房具を貰えたことを喜び神に感謝を捧げる。また、先生や生徒が歌や踊りを披露してくれる。子どもたちも日頃から歌や踊りに親しんでいるため、非常に上手だ。

昨年の秋、大阪狭山市から都市間市民交流協会の会長や商工会の会長の方々がたくさんの古着や靴、かばんなどをアルガオまで持ち込んでいただき、山間部の小学校での文房具寄贈式にも参加していただいた。

<むすび>

これらの活動に対し、一昨年はアルガオ町長から、昨年はフィリピンの教育省から表彰された。沢山の人のご支援があってこの活動が続けられていると思っている。

フィリピンは政治がしっかりしていないので、国民が困っている。政治がもっとしっかりして欲しいというのが、率直な感想だ。未だに選挙時の買収がまかり通っている。これをなくさないと国民の生活はよくならないと実感している。教育は未来への投資。時間がかかっても教育を充実し、国民が政治に、社会に関心を持つことが大事だ。

フィリピンから海外に働き出ている人は約220万人おり、335億ドル仕送りしている。この人たちが海外で得た技術や文化的経験をフィリピン国内で広げていくことを期待している。

教育の充実と貧しい人への支援。この活動を今後も続けていきたい。

ご清聴ありがとうございました。

 


2024年3月 講演の舞台活花



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