第6回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成22年11月18日

   
 美原看護専門学校から37名の生徒さんが聴講に来られ、血圧測定や会場内での交流を行いました


遺伝子組み換え食品と私たちの生活




大阪府立大学生命環境科学部教授

小泉 望 氏

講演要旨

日本人は世界で一番多く遺伝子組換え食品を食べていると言われます。そう聞くと不安に思う人が少なくないかも知れません。
遺伝子組換え食品とは何か?
その利用のされ方、安全性について考えましょう。

 

はじめに
 年に複数回のこのような講演を行いますが、SAYAKAのような立派なホールで、こんなに大勢を前に話すのは初めてです。若い方も少しいらっしゃいますが、年輩の方が多くおられるので、できるだけ判り易く話すつもりです。帰えられて、息子さんやお孫さんなどのお家の方に、こんな話があったとご紹介していただければありがたく思います。
 さて、「遺伝子組換え食品」を日本人は既に沢山食べているが、その言葉を聞くと、「何となく危険」、「食べたくない」と不安に思う人が少なくありません。遺伝子組換え食品とは何でしょうか? その利用のされ方、安全性について考えてみたいと思います。

世界人口と作物生産
 人類誕生以来長らく世界の人口はさほど増えませんでしたが、産業革命以降は爆発的に増加し、1960年に30億人程度だったのが2010年は69億人と、この50年間に2倍以上に増えました。この人口増加は作物生産の増加によって支えられてきました。過去50年間に耕作地はそれほど増えていないのに、作物生産は2倍に増えました。2050年には世界人口は90億人に達するとも予測されていますが、これを養うにはもっと多くの作物が必要となるでしょう。

品種改良と遺伝子組換え作物
 この50年間で作物生産が倍増した理由は、栽培方法の進歩(灌漑設備の発達、農業の機械化など)、化学肥料と農薬の開発、品種改良(多収性品種)などです。
 人間は野生植物から試行錯誤で食べられるものを選び、やがて栽培することを覚えました。さらに人間にとって都合のよい植物を選び出すことで現在の作物のもととなる品種を手に入れたと考えられます。それらは、突然変異や自然に起こる交雑の結果生れ、人間はそれを選抜してきたと考えられます。1900年にメンデルの遺伝の法則が再発見され、異なる品種を交配させることで新しい性質を持つ品種が生まれることが判り、計画的な品種改良(育種)も可能になりました。
 一方、20世紀後半には分子生物学が発展し、人為的に遺伝子(DNA)を変化させることが可能となりました。つまり細胞から一度取り出した遺伝子に変化を与えたり、他の遺伝子と交換したりしてから、再びその遺伝子を戻すことが可能になりました。この操作を遺伝子組換えあるいは遺伝子導入と呼びます。1980年代には植物の遺伝子組換えも可能になり、品種改良(育種)にも利用されるようになりました。
 まとめますと、育種の方法には、「交雑育種」、放射線や変異剤(化学物質)による「変異育種」や「細胞融合」などがあり、比較的新しい方法として「遺伝子組換え育種」があります。どの方法を用いても遺伝子の組成は変わります。遺伝子組換え作物とは、遺伝子組換え技術を用いて品種改良された作物で、1994年に最初の遺伝子組換え作物(トマト)が商品化され、1996年から本格的な商業栽培が始まりました。

遺伝子組換え作物の普及と日本での消費
 遺伝子組換え作物の栽培は、2009年には世界25カ国に及び、栽培面積は1億3,400万ヘクタールと、日本の国土面積の4倍近くになりました。特に米国、カナダ、ブラジル、アルゼンチンなど南北アメリカで多く、遺伝子組換え技術で品種改良された作物の代表例は、大豆、トウモロコシ、ナタネ、ワタです。中でも大豆は普及が進み、世界の大豆の7割程度が遺伝子組換え品種となっています。こうした作物を原料にした食品が遺伝子組換え食品と呼ばれています。
 日本は食料自給率が低く、年間3000万トン程度の穀物を海外から輸入しています。大豆は95パーセント、トウモロコシ、ナタネは100パーセント近くが輸入です。大豆、トウモロコシの大半を米国から、ナタネの9割以上をカナダから輸入しています。そして米国の大豆の9割以上、トウモロコシの8割以上、カナダのナタネの9割以上が遺伝子組換え品種です。従って、日本で消費されている大豆、トウモロコシ、ナタネの多くが遺伝子組換え品種だと考えられます。
 これらの遺伝子組換え作物は食品としての安全性が国際的に見てもとても厳しく調べられていますが、このような安全審査が行われていることを知らない人も多いようです。2001年から日本では食品に遺伝子組換え原料が使われている場合に表示が義務付けられました。しかし、この制度では多くの例外が認められており、例えば植物油には表示義務がありません。ナタネや大豆の大部分は植物油に加工されますが、表示義務がないので多くの消費者は遺伝子組換え原料が使われていることを実感しません。

遺伝子組換え作物の例
 現在商業栽培されている遺伝子組換え作物の殆どは、除草剤抵抗性あるいは害虫抵抗性という性質を持っています。これらには、人件費の削減、農薬や除草剤などの使用量の削減、化石燃料の使用量の削減といった生産者に対しての大きなメリットがあります。また、二酸化炭素の排出削減や不耕起栽培の導入による環境への貢献も大きいと言われています。
 栽培面積は限られますが、ハワイで生産されるパパイヤの7割程度は遺伝子組換え技術によって作られたウイルス抵抗性品種です。1998年から商業栽培されており、ハワイのパパイヤ産業は壊滅から救われました。
 ビタミンAの前駆体であるβカロチンを多く含むゴールデンライスと呼ばれるイネがフィリピンで商業栽培されようとしており、途上国のビタミンA欠乏症の解決に寄与できると期待されています。
 日本でも青いバラが昨年より商業栽培されています。

遺伝子組換え食品に対する不安
 食の安全と安心への関心が高まっていますが、安全と安心は異なる概念です。安全は科学的、客観的な概念ですが、安心は感情的、主観的な概念です。安全が確保されたからと言って安心につながるとは限りません。遺伝子組換え食品の場合も厳しい安全性審査が行われ、それによる健康被害が科学的にきちんと立証された例はありませんが、漠然とした不安を持つ人は少なくないようです。その要因として、情報不足や間違った情報の氾濫が挙げられます。メディアの報道姿勢や消費者の受取り方も不安を招く一因かもしれません。学校教育の場でも否定的に捉えられることが少なくないようです。

おわりに
 遺伝子組換え作物は新しい技術による品種改良で作られ10年以上、世界中で広く栽培されています。農業生産に貢献し、様々な可能性を持っています。 今や遺伝子組換え食品抜きに日本の食は成り立たちませんし、科学的に考えて安全性に問題があるとは思えません。安全性は厳しく検査されますし、その消費が始まってから10年以上経過しましたが、健康被害は立証されていません。一方で、ネガティブ情報が多く不安を持つ人は多いのが現状です。
 私は、遺伝子組換え作物、食品について正しい情報を知ってもらいたいと考えていて、本日のような講演の依頼はできるだけお受けするようにしています。また、食品に関するメディア報道を科学的に検証する「食品安全情報ネットワーク(FSIN)にも参画しています。




平成22年11月 講演の舞台活花



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