1.はじめに
まず本日のタイトルのことです。昨年講演の依頼があったときは、「メタボ健診への期待と不安」となっていましたが、現時点では既に健診が始まり1年が経ちますので「メタボ健診の検証:評価と問題点~納得医療と納得人生~」に変えさせていただきお話をいたします。しかし今回の政権交代で来年からこの健診はなくなるかもしれません。民主党のマニフェストには明確に健診を廃止するとは書いていませんが、後期高齢者医療は廃止するというのが民主党の従来からの主張です。この両者はともに健康確保法に含まれていますので法律的にはどちらも廃止されるということになるのですが、まだ事態は流動的です。
2.メタボ検診とは
流行語になっている「メタボ健診」とは特定健診のことで周知のように、過食、運動不足から肥満が進み腹囲が男性85cm、女性90cmになり血圧が上がり、糖尿病が始まり、中性脂肪が増えると、心筋梗塞や脳梗塞などになりやすくなるので、そのようなことを防ぐための健診であります。
「メタボ」とは「メタボリックシンドローム」の省略語であり、日本語では「代謝症候群」と言います。これは摂取したものが体内で別の物質に次々に変わっていく過程で不具合が起こることを意味します。食べたでんぷんはブドウ糖に分解しエネルギーが発生し、最後は水と炭酸ガスになる。そして体外にでる。C6H12O6がCO2とH2Oになる。この過程で何らかの形で妨げられ血糖値があがったり、中性脂肪が増えたりすることをいう。
大阪大学でこのような発想がありその後に外国でもこの考えが支持されるようになった。内臓に脂肪がたまるのであるから私は今でも 内臓脂肪症候群 と表現するほうが理解を得やすいと思っている。
1970年にCTが入ってきたのをきっかけに脂肪の画像を撮ってみると、皮下脂肪と内臓脂肪があることがわかった。それまでは肥満であるのは単に脂肪を「貯蔵」しているのだと考えていたが、良い肥満と悪い肥満があると阪大病院で松澤教授(現住友病院院長)が提唱されたのです。内臓脂肪は血液に乗って肝臓を通って心臓に行くが、皮下脂肪はただの貯蔵で肝臓には行かない。ですから良性の肥満もありうるし、悪性の痩せ型もありうるのです。
3.メタボの判定基準
さて、血糖や血圧の数値が非常に高い方は心筋梗塞や糖尿病になることは昔から周知のことで、いわばヤクザが一人でも怖いのと同じであるが、一方検査で少しだけ数値が高く治療等を放置しがちな、いわばチンピラ的な「軽症糖尿病・軽症脂質異常・軽症高血圧の重積したヒト」が多数見つかるのです。チンピラでも重なると怖いというのがポイントです。そういう方々に警鐘を鳴らすためにメタボ判定基準が出されたのが2005年4月8日であります。
ではなぜコレステロールが含まれていないのでしょうか。メタボは過栄養、運動不足から内臓脂肪が蓄積し、さらに肝臓の脂肪が増加し高中性脂肪血症になり、インスリン抵抗性が高まり高血糖を呼び、血圧も上昇して動脈硬化をもたらすことを言うのですが、一方コレステロールは単独でも動脈硬化のリスクであることが既に明確であることと、加えて、必ずしも内臓脂肪とは比例しないことも多いためにメタボの中には含まれないのです。この判定基準を基に厚生省は去年2008年4月1日に後期高齢者医療とともにメタボ基準にタバコ、LDLコレステロールを加えて特定健診を始めたのです。
4.メタボが起こる仕組み
メタボリックの精神というのは、摂取した食べ物が膵臓から出るアミラーゼで澱粉がブドウ糖になり、たんぱく質はトリプシンによってアミノ酸になり、脂肪はリパーゼによってグリセロールと脂肪酸になり肝臓に運ばれる。さらに心臓に運ばれ全身にいきわたり、膵臓から出るインスリンによりブドウ糖は細胞の中に取り込まれエネルギーの元になる。インスリンが少なければ取り込まれにくいから血糖値があがることになる。
しかし一方インスリンが出ているのに血糖が高いこともある。肥満の人はインスリンを受け入れる部分が鈍感になり(つまりインスリン抵抗性が高まり)、ブドウ糖が取り入れられなくなり血糖値が高くなる。その部分を敏感にするには食事療法と運動療法がある。見かけ上少しだけ血糖値が高い肥満の人の中には高インスリン血症のために動脈硬化が秘かに進行する人もいるのです。
軽症糖尿病であっても動脈硬化(太い血管・マクロ)の方が眼底出血(細い血管・ミクロ)などよりも早く出現することがあるのですが、このことは京大の伊藤先生(現在は慶応)が考案したメタボリックドミノという概念図を見ると分かりやすい。プリントNo3参照。悪い生活習慣に始まって肥満になりインスリン抵抗性が高まり、食後高血糖(この検査の方が動脈硬化を発症する点では空腹時血糖よりも重要である)、心筋梗塞のあとで、眼底出血・失明・下肢切断などに至る将棋倒しの図である。
5.コレステロール
メタボには含まれていないコレステロールのことですが、2007年4月25日に脂質異常症のガイドラインが発表され、今までの総コレステロールの概念が廃止されました。善玉HDLと悪玉LDLとの相反するものを総計したものよりはそれぞれを独立して測定し評価したほうがいいと考えたからです。健診などのLDLの数値は140を目標値としている施設が多いのですが年令・合併症などの種類によってそれぞれ目標値は異なるのでプリントのNo.2を参照してもらいたい。
さて血液検査でわかるアディポネクチンは内臓脂肪から出る善玉ホルモンで内臓脂肪が多いほど減るものであり、心筋梗塞や癌になりにくくする働きをするホルモンで、検査値4以上は正常である。現在は保険適用外であるが将来はもっと注目されてくると思う。厚労省は1に運動、2に食事、3に禁煙、4にクスリとしている。
6.メタボ検診の評価
健診の評価できる点は、内臓脂肪の蓄積が将来の動脈硬化につながると警鐘を鳴らしたこと、血圧・糖尿・脂質異常がそれぞれ少しずつしか高くなくてもその重なりが危険であること、肥満にも良性と悪性があるというユニークな考えを提唱したこと、肥満健診と保健指導で、国家的な壮大なプロジェクト・大実験に仕立て上げたことなどである。
他方、問題点としては、莫大な国費をかけてそれに見合う経済的効果が得られるか、「肥満」に対して国家が介入するものなのか、腹囲の基準は現状でよいかなどが挙げられる。特定健診は肥満に限定したものであり、癌などその他の健診が軽視されないかと危惧します。
7.動脈硬化
動脈硬化の評価の方法の一つには心電図が代表的であるが、心臓の動脈が完全に詰まって(心筋梗塞)始めて心電図に異常が出るのであって、前段階(狭心症)では胸痛発作時以外には異常を認めることは困難であり不十分である。心筋梗塞の最重症パターンは心臓・冠状動脈の左主幹部(レフトメイン)であるが、ここで閉塞が起こると即死にいたる可能性が高い。ここに至るまでに動脈硬化状態を認識する簡便な方法はないか?
負担の大きいカテーテル検査をしないで済む方法はないか?これが超音波検査である。患者さんに負担の少ないエコ-検査は、肺、胃腸など空気の多い臓器以外では血液などの水分が多いので胆嚢・肝臓などの検査には有効である。このために、動脈硬化の診断・血管の狭窄、例えば頚動脈・腎動脈・下肢動脈などの狭窄状況を完全閉塞の手前で評価する手段として末梢血管エコーも重宝される時代となりました。但し、狭心症の段階を心臓エコーで診断することは今でもまだ困難で簡便には診断できず、造影CTやカテーテル検査を必要とすることが多い。
【質疑応答追加】
コレステロールを下げるクスリは服用すれば殆どのケースで数値は改善しますが、日常生活が変わらなければ服薬中断で再上昇するものです。副作用では横紋筋融解症(下肢が痛むなど)が有名ですが極めて稀とされています。
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